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2019.11.01 (Fri)

日記 2019年11月

1日 金1013hPa 晴 しばらくの間ブログをサボっていたので、今月から心を入れ替えてシッカリ書きます。どうぞお見捨てんsくよろしくお願い申しあげます。
中山道シリーズをちょっとお休みして、残り少なくなりそうなヨリックの大年代記や折々の雑感などを取り混ぜてゆくつもりです。
2日 土 1015hPa 晴 松韻亭でお茶。右は庭園から見た建物。お茶をするのは右端のお部屋
松韻亭
松韻亭お茶の部屋




左はお茶をする場所。






3日 日 文化の日 1012hpa 晴先月の「イタリアバロックの宝石箱」コンサート写真、修正を終えた。Nbyサンのチェックは念入りで、写真の入れ替え4枚、文字の訂正8ヶ所。
4日 月 振替休日 1014hPa 晴 お散歩は浜松城のあとIguchioneという喫茶店でお茶。
古本屋で「漢字便利辞典」というのを\50で買った。
5日 火 1014hPa  晴 今日も松韻亭でお茶。
6日 水 1014hPa 晴 Iguzionで珈琲。
7日 木 立冬 1014hPa 晴 Nbyサンに「イタリアバロック宝石箱」の写真アルバム5部を渡してお菓子をもらう。
先日から図書館で五木寛之の雑文などを借りてきて読んでいる。
五木寛之氏は金沢ではワタクシの勤務先の金沢大学工学部近くにあった刑務所の裏の安アパートに住み、ワタクシの通勤路の近くにある歯科医の娘と結婚し、ワタクシのよく行っていた「郭公」という喫茶店で珈琲を飲み、その近くにある「芝生」という喫茶店でデートをし、宇都宮書店や北国書林という本屋をうろつき、南陽堂という古本屋をあさり、くらがり坂を降りて主計町の「太郎」という鍋料理屋へ入り、それらのことを原稿用紙に書いて生活していた。わがワタクシは犀川近くに住んでいたので犀川べりがお散歩コースだったのだが、五木氏は浅野川べりがお散歩コースでそこがワタクシとは違っていた。いずれそんなことなどをブログに載せたいと思っています。
Chantillyで珈琲。
8日 金 1014hPa 晴 町へ出て、ワインなどいろいろ買う。
9日 土 1014hPa 晴 麹を買い甘酒を作る。ワルツで珈琲豆。いつものキリマンジャロを200gと、ブラジルヴィンテージ、これはちょっと特別の豆のようで、100g\900とちょっと高価なのを買ってみる。
10日 日 1014hPa 晴 甘酒を造る。
11日 月 1010hPa 晴→雷雨→晴 14時頃寒冷前線通過。浜松市中区で雹が降り、浜名湖上空あたりで小さな竜巻があった模様。
12日 火 ◯ 1014hPa 晴 満月が美しい。
13日 水 1015hPa Chantillyで珈琲。古本屋でいろいろ探す。
14日 木 1014hPa 晴 「Mr.ぶんぐ」の店へ行き、いろいろ買う。
15日 金 1015hPa 晴 Paoで珈琲。久しぶりにえり子サンの顔を見た。
16日 土 1016hPa 晴 晴天が続く。ヨリックの大年代記を書くつもりで準備。
17日 日 1019hPa 晴 松韻亭でお茶。13,000歩以上歩いた。近頃珍しい。
18日 月 1016hPa 晴 最近意欲が低下している。あまり本も読まない。
19日 火 1015hPa 晴 旧東海道筋お散歩。
20日 水 1016hPa 晴 浜松城・公園などお散歩。
21日 木 1020hPa 晴→曇 ワルツで珈琲用のフィルターペーパーを買いその帰り道Kucheという小さな喫茶店で珈琲。
22日 金 小雪 1026hPa 雨→曇→晴 増田医院へ行って足の皮膚異常を診てもらう。「テクスメテン」という塗り薬をくれる。
23日 土 1025hPa 晴 küche で珈琲。
24日 日 ♪秋のサロンコンサート 天竜壬生ホール(浜リコ。フェリーチェ合奏団)

25日 月 写真の整理。
26日 火 図書館へ行く。Nby.サンに浜リコ分の写真を渡す。そのあとPaoで珈琲。塩崎サンの分、写真とデーターカードをPaoに預ける。夕刻塩崎サンが来て、栗蒸し羊羹を頂く。
27日 水 ● 1019hPa 曇→雨→晴 Chantillyで珈琲。
28日 木 雨 図書館で五木寛之など借りる。
29日 金 1024hPa 晴 Kucheで珈琲。
30日 土 1024hPa 晴 高町の日本キリスト教団浜松教会でメサイア公演。演奏は浜松クリスチャン・コワイア。いい演奏でした。ただし第1部だけ。お終いに44番ハレルヤを歌ったのでワタクシも大きな声を出して歌ってしまった。
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2019.10.02 (Wed)

日記 2019年10月

1日 火 1018hPa 晴 前のパソコンが壊れてしまってほとんどのデーターが失われてしまったので復旧にはまだ時間がかかる。今これを書いているのは古い機械なので、写真やその他いろいろのものをキチンと入れることができないので、文字ばかりになってしまう。我ながら寂しい。
2日 水 1016hPa 晴 1016hPa 晴 古いデーターを集めて再生に努力をしているのだがはかばかしくない。
3日 木 1010hPa 晴/曇 近頃、歳をとったなァと思う。室生犀星や五木寛之の小説を読んで過ごしたりする。
4日 金 1017hPa 晴 今朝早く寒冷前線がつうかしたらしくて雷。雨は少々降っただけ。
5日 土 1008hPa 晴 一日中晴天。
庭屋に来てもらって庭木をうんと縮めてもらう。すっきりした。
6日 日 パソコンの具合が悪いのでワタクシの頭の具合も悪い。
7日 月 古本屋で五木寛之の「四季 波留子」、「鳥の歌」、「朱夏の女たち」その他文庫本を1冊\50で買う。Paoで珈琲。帰りに麹店で麹を買って甘酒を作る。
8日 火 寒露 晴 Paoで珈琲。
9日 水 1018hPa 晴 五木寛之が面白いので図書館で「四季 の 奈津子、亜紀子、布由子」を借りて読んでいる。
10日 木 1013hPa 晴 台風がマリアナ近海を北上中。大型で猛烈な台風。
11日 金 晴 Chantillyで珈琲。
12日 土 986hPa 台風19号は伊豆半島付近に上陸した。ワタクシの家は台風進路の西側なので少々雨が降っただけで無事。
13日 日
14日 月 ◯ 体育の日
15日 火 1013hPa 曇 Chantillyで珈琲。図書館で五木寛之の本を予約。自分のパソコンでも図書館の本を検索でき、かつ予約もできるとのこと。
16日 水 1016hPa 晴 CanoScan Lide400 をインストールした。
17日 木 1018hPa 曇 雑用に追われる。
18日 金 1022hPa 曇→雨 
Pao で珈琲。フェリーチェの写真、プリントをしたのをもって行き、塩崎サンにメール。 すぐPaoに来てくれたのでわたす。葡萄の美味しいのを頂き車で送ってもらった。。
19日 土
20日 日
21日 月
22日 火 即位礼正殿の儀
23日 水
24日 木 霜降
25日 金
26日 土
27日 日
28日 月 ●
29日 火
30日 水
31日 木
10:12  |  日記  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

2019.09.01 (Sun)

日記 2019年9月

1日 日 防災の日 1010hPa 晴防災訓練会場
例年通り防災訓練。右は会場。
訓練内容も例年通り。
① 竹竿と毛布で担架を作って負傷者などを運搬する。
② 段ボール箱2個で簡易トイレを作る。
③ 公民館の倉庫に保管してある大釜と簡易竈で炊きだしをする。
④ 消火器の使い方を覚える。
の四つがメイン。防災訓練組立便器ヨリック
防災訓練炊きだし支度

写真左が③の大釜と簡易竈
写真右が段ボール箱で組み立てた簡易トイレ。坐っているのはワタクシ、ヨリックです。

2日 月 1014hPa 晴
浜松城公園から濱松城
お散歩に行ったのは濱松城公園。左はそこから見た濱松城。ワタクシが初めてここへ来た半世紀前はこの写真を写している場所から御城までロープウエーがあった。なくなってから久しい。

奥山線という鉄道が浜松駅から北の方、愛知県境近くの奥山半僧坊というお寺の近くまで通っていた。
これもなくなってから久しい。奥山線トンネル入口

右のトンネルはその鉄道が最初に通るトンネル。
ワタクシが浜名湖近くの会社に就職してから2度目の日曜日に、その会社の独身寮に住んでいた3人くらいの男たちと始めて「旅行」に行った時に「奥山線」という電車に乗った。
新浜松駅という所から電車に乗って半僧坊へ行った。左はトンネルの出口。
奥山線トンネル出口

すぐ普済寺というお寺の境内の横を通る。電車は間もなくディーゼル車に変わり、次には蒸気機関車が牽引して山の方まで行った。
この線路もなくなって久しい。
半世紀という時間はやはりずいぶんと長い時間でした。

米屋のみね子サン宅で餅米を1kg買う。

3日 火 1014hPa 晴 Paoで珈琲。
昨日買った餅米で甘酒を作った。22時頃には電源を止めて明日仕上げをするつもり。
昨夜からラジオFMでベートーヴェンのピアノソナタ、今夜の最後はop27-2「月光の曲」という名曲。
ワタクシもこの曲は練習しましたヨ。学校の講堂にBECHSTEINというピアノがあって、男子ばかりの工業学校(旧制の時代です)だったからピアノを弾こうなんて思う男はワタクシ一人だけ。昭和21年という年には楽譜が手に入るわけがない。金沢市立図書館に戦前に印刷された「世界音楽全集」というのがあってその中に「月光の曲」があった。五線紙を買ってまず第1楽章を写譜して、弾いてみました。最初の数小節は我ながらウットリする名曲。長い間調律もしていないピアノなのだが、流石にベヒシュタインは素晴らしいピアノ。これがワタクシの音楽好きになる最初だったのでした。
4日 水 1013hPa 晴 古本屋で本を買う。筑摩書房日本文学全集27佐藤春夫30室生犀星外村繁36中野重治の3冊を1册\50で買った。日本文学全集中野室生佐藤
佐藤春夫は格別の思いがあるわけではなかったのだが、中野重治は「歌のわかれ」が入っていて、雑誌『驢馬』時代のであり、またワタクシが金澤の大學に勤めていたとき、読書会と称して浅野川の河畔で物理の靑山教授らとこれらの本を読んでいた事もあり、室生犀星はその『驢馬』の創始者としてのこともあり、初期の短編でまだ見ていないものもあったので、そんな思いで衝動買いをした。おそらくほんの一編を読むだけでまた「積んどく」になるだろうが……

5日 木 1014hPa 晴 暑いので近所のお店でかき氷。かき氷9月1日
暑い日はこれが一番。
ワタクシはいつも「イチゴ」の赤いのを食べる。
子供の時、近所の太田屋というお店で食べるかき氷はいつもこの赤いのを食べていたので今でもかき氷といえばこの赤いのを食べることに決めている。
6日 金 1014hPa 晴 Paoで珈琲。
楽友会orch浜松9月21日
図書館でNby.サンからコンサートのチケットを戴く。
これは松下上枝サンの所属している「楽友会オーケストラ浜松」第16回定期演奏会。マーラーの交響曲5番のアダージェット、ドヴォルザークの交響曲8番など。
いつも有難うございます。

思いがけずキーホルダーが壊れてしまったのでデパートで買う。
キーホルダー20190906
下のが壊れたキーホルダーでGUESSという製品。その上が今日買ったキーホルダー(鍵が付いている)で、上がWhitehouse Cox というメーカーの説明書。Handmade in England と書いてある。\4000弱で、とても高かった。Bridle leather という革で、濡れると色落ちがするから要注意、との事。
塩崎サンがわざわざ桃を届けて下さった。
塩崎サン桃
大きくて美味しそうな桃。
有難うございます。

15番台風が8日あたりに接近or上陸という気配のようだ。

6日 金
7日 土
8日 日 白露 1011hPa~1004hPa 晴→雨 台風15が東京湾方向に向かっているようだ。
いつも使っているパソコンが壊れたので、予備機でこれを書いています。
現用機はPCが壊れたようで、明あれ。

9日 月 重陽 1007hPa 晴 無事
10日 火 1010hPa 晴 昨日も今日も猛烈に暑い。Paoで珈琲。
ラジオでR.シュトラウスの「ドン・キホーテ」を聞いた。この音楽はワタクシには思い出深い音楽。
高校では毎週土曜日の4時間目はクラブ活動という事で、それぞれスポーツや読書など好き勝手なことをやる時間だったのだが、ワタクシはレコードコンサートを主催した。1949年4月から52年3月まで。この頃のワタクシは音楽に餓えていた。週1回のレコードコンサートの時間をワタクシが自由に使えることを学校側の了承を得て、学校の設備、アンプやスピーカー、プレーヤーなどを教員会議室にセットして、レコードは金澤の尾張町にあったレコード販売店「山田時計店」へ金曜日の夕刻借用に行き、土曜日の晩返却する。その間借りた盤はワタクシの聴き放題。その頃のレコード盤は、SP盤といって、直径12インチの黒いシェラックの板で、すぐ割れる物で、片面4分程度、両面で8分ほど。だからベートーヴェンの「交響曲9番合唱付」のような長大な音楽は、例えば1951年にトスカニーニNBCとブルノー・ワルター(コロンビアorch.)の盤がほぼ同時に発売されたのだが、トスカニーニは棒を早く振るので8枚半、ワルターは少しゆっくりなので9枚だった。この大指揮者の「合唱付」が同時に聞けるので一晩徹夜して何度も何度も繰り返し聞いた。ところで、ドン・キホーテのことだが、ワタクシが高校を卒業する最後の3月のレコードコンサートを、学校側が気を利かしたのかどうか全校生徒を講堂に集めて、ワタクシが音楽を解説しながら聞かせるということになった。そのとき選んだ曲が「ドン・キホーテ」、指揮はたぶん新進指揮者サー・トマス・ビーチャム?だったのでした。レコード販売店がよく高校生にレコード盤を貸してくれたと驚かれるかもしれませんが、その頃は新譜が発売される2ヶ月ほど前に「試聴盤」といって白レーベル、何も書いてないレコード盤が販売店に来ていて、それを店の女の子がコッソリ貸してくれるのです。おかげさまで、3年の間、発売されたすべてのクラシック音楽の新譜レコードを聴くことができたのでした。
11日 水1010hPa 晴 無事
12日 木 1008hPa 晴 chantillyで珈琲。図書館で「恩地孝四郎」池内紀著を借りる。
恩地孝四郎を知らない人は多いでしょう。昭和初期、「書窓」という雑誌がしばらくの間出ていた。とても贅沢な雑誌で、予約者だけに販売し、全部番号付、ワタクシの家にあるのはすべて514番。この雑誌で恩地孝四郎の名前を知ったのでした。
13日 金 1011hPa 曇 ワルツでコーヒー豆を買う。キリマンジャロとモカ・マタリ。
今夜は十五夜。さいわい一点の雲もなくお月サンがよく見える。音楽を聴いている部屋(=パソコンのデスクのある部屋)の窓は東なので、お月サンがよく見えるのでうれしい。涼風も吹いて気持ちがいい。
14日 土 ○ メインのパソコンが壊れて、そのデーターを拾って頂くようにお願いしてあるのだがそれが届かないので全くやる気が失せてしまった。
15日 日 1007hPa 晴 敬老の日祝い品として町内からお赤飯とうなパイを頂く。
16日 月 敬老の日  1001hPa 晴 図書館へ行ってNby.サンに、松下上枝サンから先日頂いた楽友会コンサートのチケットお礼の品を託けた。
猛烈に暑い日。浜松で35.6℃。今年の最高気温。
17日 火1001hPa 晴 古本屋へ行ったり麹を買ったり、いろいろ。
18日 水 1008hPa 浜松医療センター呼吸器内科で検査。10時から始まって15時まで、時間がかかる。
胸部レントゲンを撮るのに1時間。CTスキャンをするのに1.5時間。各部屋ごとにほぼ1時間の待ち時間。疲れ果てるのです。その結果は何だかワタクシにはよくわからない。
壊れたパソコンのデーター、ピクチャやドキュメントの取り出しを頼んでおいたのの返事。22日頃には届くかもしれない。約¥32,000ほどの費用がかかるとのこと。そしてそのデーターを入れるパソコンを買わなくちゃならない。それが約¥120,000ほどかかりそう。
19日 木
20日 金
21日 土
楽友会オーケストラ浜松。定期演奏会。午後2時。ドヴォルザーク交響曲8番、ほか。
22日 日
23日 月 秋分の日
24日 火 1008hPa 曇一時雨→晴 甘酒と栗ご飯を作る。
ビックカメラで「一太郎 2019年版」を買い、夜、新しいパソコンに入れ、同時にプリンタも使えるようにした。復旧に一歩近づいた。
24日 火 1011hPa 晴 Paoで珈琲。
25日 水
26日 木 1019hPa 晴 Chantillyで珈琲。
新パソコンは少しづつ復旧をしているがまだブログの中山道を続けるには資料が足りない。何しろ写真やいろんなデーターがすっかりなくなってしまったのですから。
27日 金 1020hPa 晴 Paoで珈琲。来月から月・火・金の午後1時から4時か5時頃までの開店にするつもりとえり子サンは言うのです。
28日 土 1019hPa 曇/晴 このところずっと無為に過ごしている。10月から心を入れ替えてブログを書く支度をしよう。新しいパソコンは今のところ単なるゲームの道具となっている。
29日 日 ●
30日 月
14:45  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2019.08.30 (Fri)

日記 2019年8月

1日 木 ● 1008hPa 晴 猛暑 Chantilly でアイス珈琲。Chantillyアイス珈琲
いつもなら暑くてもホットな珈琲を飲むワタクシですが、今日はアイス珈琲。
2日 金 1011hPa 晴/曇 猛暑が続く。
いつもと違う珈琲屋へ行ってみたら何と!閉店。
歩きすぎて熱中症になると大変だから「氷」の旗印を見つけて「かき氷」を食べた、
3日 土 1011hPa 晴 今日も猛暑。
久し振りにウナギを食べに行きました。店は小さいけれどもウナギの専門店。口福=幸福でしたねぇ。歸りにいつもの麹屋で麹を300g買って甘酒を仕込んでおいた。明朝には出来上がる。

4日 日 イタリアバロックの宝石箱イタリアバロックの宝石箱20190804
地域情報センター

大きな会場ではないのだが、満員の盛況でした。
古楽の魅力4の始


曲目を入れておきます。
1, 泉に野に Al fonte, al prato   G.Caccini
2. 苦しみはかくも甘き Si dolce ē’l tormento   C.Monteverdi
3. 若い草木は La giovinetta pianta   C.Monteverdi
4. 2声のソプラノのための「ソナタ4番」 Sonata quarta A2. Soprani   D.Castello
5. 美しい瞳が私を殺す M'uccidete begli occhi   L.Rossi
6. パッサカリア Passacalle  A.Falconieri
7. ああ限りなく美しい髪 O belossimi capelli miei   A.Falconielli
8. コリエンテ/ブランド Corriente dicha la Mota / Brando dicho El Melo   A.Falconielli
9. 別れだ、吾が魂よ Ti lascio, anima mia  G.Frescobaldi
10. トッカータ集 第1巻より 3つの舞曲 Il primo libro di toccate d'intevolatura di cembalo e organo Ballerro / Corrente del Balletto / Passacagli   G.Frescobaldi
11. 復讐 La vendetta   B.Strozzi
12. シンフォニア5番 パドゥアーナ Symphonia 5 'A Padouana  M.Uccellini
13. 今アポロは Hor che Apollo   B.Strozzi

演奏は浜松古楽アンサンブル。ソプラノは武田尚美さんで、客演として小玉宏氏のチェンバロ、丹沢広樹氏と長谷川悠さんのバロックヴァイオリンなど。素晴らしい演奏でした。
5日 月 1011hPa 晴
とんでもない大失敗をやってしまった。写真のデーター、すべてを綺麗に削除してしまった。わずかにプリントしておいた十数枚が残っただけ!Nby.サンにどう謝ったらよいものか。70枚程写しておいた写真がわずかのプリントだけになってしまった。
6日 火 1010hPa 晴 Nby.サンにプリントを渡してお詫びをした。;涙;
7日 水 1010hPa 晴 Nby.サンからメール。「無事スキャナで取り込んで全員に配布しました」という有難い内容。有難いやら申し訳ないやらで冷汗。
8日 木 立秋 1010hPa 晴 秋の氣が立つ、という意味のようです。アブラゼミとミンミンゼミ
もう君たちの出番もお終いのようだ、とでも言うのでしょうか、アブラゼミとミンミンゼミが仲良く息絶えています。
今日も猛暑でした。台風10号が南海遠くにいて北上中。
海水温がかなり高いので、ゆっくり北上すると相当のエネルギーを蓄えることになります。ちょっと心配。
9日 金 1009hPa 晴 LOLOで珈琲。
3日程前に始めてLOLOという名前の喫茶店へ入ってみて広くて落ち着いた場所だったのでこれから時々立ち寄ってみることにした。
10日 土 1008hPa 晴  Nby.サンからプリントを受け取る。丁寧に写真を演奏順に番号をつけて、さらにはアンコールの曲名も入れておいてくれた。ありがとうございます。これで編集作業がグッと楽になるのです。
町内の「組長会議」に出席。9月1日の防災の日の訓練のための行動計画打ち合わせ。ミナサンに訓練に参加して戴くよう通知、依頼、お願い、などをしなくちゃならない。「自分の命は自分で守れ!!!」などとほったらかしておく訳にはいかなくて、ワタクシの管轄する組の人員の安否確認、消火器の使い方、担架を作ったり、負傷者の救護の仕方、高齢者や要救護の人の介護、etc. いろいろやらなくちゃならないのだ!ワタクシはこういうことをするのが大嫌いなのに。
11日 日 山の日 1007hPa 晴 猛暑が続く。
昨夜仕込んだ甘酒、たいそうよく出来た。オイシイ。
プリンタのエラーメッセージ。曰く、「廃インク吸収パッドの吸収量が限界に達しました。エプソンの修理窓口に交換を依頼して下さい。」ワタクシは自分で直すのが好きなのだが、ダメらしい。そして今はお盆の時期なのですぐには直せないようだ。
12日 月 振替休日 1007hPa 晴 プリンタを修理に出す。
図書館で串田孫一全集の随想集Ⅲを借りてくる。山へ行っていた頃には随分たくさん読んだのだが山へ行かなくなってからはあまり読まなくなった。
13日 火 1004hPa 晴 昨日あたり、パソコンにまた悪い虫が入った。Xtron……という虫。
「…PC Health Monitor がクラッシュしました」といって、…¥5kほどのソフトをダウンロードしたら治るよ…と要求するのです。パソコンメーカーへTelしたらすぐに悪い虫を退治してくれた。
アリガトウゴザイマス。
LOLOで珈琲。ここのランチは美味しそうだ。いつか食べてみましょう。
台風10号は明後日あたり接近しそう。
図書館で、スタインベック全集第20巻「アーサー王と気高い騎士たちの行伝」というのを借りてきた。モントレーのスタインベック
右はその本の扉にあった、「モントレーのジョン・スタインベック卿・騎士」の文章。
ちょっと読んでみて、これは面白そうだ、シッカリ読んでみよう!と思った。近ごろこんなに食欲ならぬ讀欲をそそった本はありません。
今夜は何故かお酒が美味しいのでずっと飲み続けながら書いている。
お盆の間、NHKFMの音楽はつまらないので、手持ちのCD、「Engrish Madrigals and Songs」というのを聞いている。
チュードル王朝あたり、ヘンリー8世から17世紀あたりの歌曲。
繰り返して聞いている。窓から見える月は美しい。
14日 水 1004hPa 豪雨・晴・曇。さまざま
ウナギを食べに行く。神谷鰻店
15日 木 ○  1004hPa 曇一時雨。18時には1000hPaに低下。
台風10号は佐多岬経由岡山県呉市あたりから北上し、夜半には日本海に抜ける模様。
16日 金 1003hPa 雨 無事
17日 土 1003hPa 晴 無事
18日 日 1006hPa 晴 LOLOで珈琲。
19日 月 1006hPa 晴 無事
20日 火 1008hPa 晴 Chantillyで珈琲。
21日 水 1006hPa 曇/晴 ワルツで珈琲豆を買う。モカ・マタリを120gとキリマンジャロを200g。今日は猛烈に暑い一日でした。
22日 木 1006hPa 晴 浜松城公園あたりお散歩。木梨憲武展チケット
美術館で「木梨憲武展」というのをやっていたので入ってみた。ずいぶんおおぜいの人が入っているのでワタクシは全く知らないのだが有名な人なのかしら。年寄りだから半額の\600で入場出来た。
ワタクシは美術であれ音楽であれ、中世ヨーロッパからルネサンスあたりまでしか知らないので、こんな絵が今の美術なのかなと思いながらボンヤリ眺めてすぐ出てしまった。
今日も猛烈に暑いので、浜松城公園の中、木陰とそよ風を求めて歩いていたら、カラスも一羽、木陰を求めて歩いているようだった。時々草の中に嘴を入れているのはエサがあるのだろうか。ワタクシも自販機で冷たい珈琲の缶を買って飲んだ。美味しいというようなものではない。
23日 金 処暑 1006hPa 雨→曇
24日 土 1008hPa 曇 修理に出しておいたプリンタ、修理が終わって受取。\4320。修理に出したのが今月12日。出入り2日取ると実質修理期間は10日。たまっていたファイルのプリントをみんな済ました。Chantillyで珈琲。
25日 日 1007hPa 晴 床屋へ行く。Chantillyで珈琲。昨日ポイントでワインを2本買ってきた。いま飲んでいるのは南イタリア、PUGLIA、RossoAppassimento 陰干しにしてから醸造するので、果汁を凝縮してから醸造する製法なので濃厚。ゆっくり飲みながら書いている。
Paoの雨宮サンからメール。
26日 月 1009hPa 晴 甘酒を仕込んだ。真夜中、12時頃に出来そうなのだがそれまで起きていなくちゃならないのだろうか?
27日 火 1008hPa 晴 Paoで珈琲。Pao入口2019年8月
先月29日から昨日までPaoはお休みだったので、ほぼ一ヶ月ぶりのPao。久し振りにえり子サンの顔を見る。
28日 水 1008hPa 雨→曇 無事。
29日 木 1009hPa 曇 無事
30日 金 ● 1009hPa 雨→曇 Paoで珈琲。
Paoでお香を焚く

Paoでお香を焚いた。(左)
薄青い煙がたなびいているのが見える。

木村内科へ行った。高血圧治療薬であるディオバンというのを一日一錠飲む事になっているのだが、もうずっと行っていないので貰いに行った。門奈サンという看護師サンがいつも血圧を測ってくれるのだが、「165もありますよ、高いですネ」といい、医者も「サボっていちゃいけません」と叱った。
6月24日にこの医者で行った健康検診の結果のデーターを呉れたのだが、同時に、胸部レントゲンで昨年と比較したとき、、左肺の下部に「網状」のモヤモヤがあって、精密検査が必要だというお達しがあり、9月18日(水)10時、浜松医療センターの呼吸器内科で精密検査をするための予約を入れた。血液検査のデーターはいずれ以前のデーターとあわせて一括して載せておきます。
31日 土 1009hPa 晴 テレビで秋田県;大曲の花火、を見ていた。今年の花火は実に面白くて、最後の最後まで見てしまった。中でも面白かったのは、四角い花火。ふつうに作れば丸くなるものなのだろうに、開いたときの形が四角くなる。これは始めて。解説の人もこの四角い花火には驚いていたようだ。ワタクシが愉しんで見たのは、「フランスに贈る」というような題だったようだが、三色旗、トリコロール。それにシャンソンのLe Temps des Ceries, サクランボの実るとき、の歌に合わせた花火。歌手の名前は出なかったが
Quand nous chanterons le temps de sceries, et gai rossignol,et merle moqueur sernt tous en fête !
Les belles auront la folie en tète, et les amoureux, du soleil au coeur ! ……
ワタクシの大好きなシャンソンで、思わず歌手の歌に合わせて歌いながら花火を見ていた。こんな経験は初めてでした。
21:10  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2019.08.27 (Tue)

ヨリックの中山道 020 深谷宿

中山道も熊谷、深谷あたりになると武蔵國の最北部に近づく。古代末期になると岡部氏や成田氏、また私市(きさい)党、兒玉党、村山党、西党、横山党、猪俣党、などなど、坂東八平氏とか武藏七党と呼ばれる土豪的な武士集団が組織された。こういう武士集団が、藤原の系列や北条の系列などそれぞれの上部組織によって統轄されていたらしい。先号を書くのに『平家物語絵巻』を見ていたら、源氏方には関東の武士団の名前が続々と出てくる。…いざ鎌倉…というとき、関東各地から鎌倉道というのをこれら武士団が駈けて結集したのだろう。
高城神社
熊谷宿の中程、高城明神(いまは高城神社)、というのがあり、これは熊谷宿の総鎮守で、中世はこの社を中心にして町が形成されてきた。そしてこの社は熊谷直實の氏神でもあった。
社殿は石田三成の忍城攻めの時、兵火で類焼、後の忍城主阿部播磨守正能が寛文十一年(1671)に現在の姿(右の写真)に再興した。
神社入口右手の鉄製常夜灯は高さが2.75mで、天保十二年(1841)にこの付近の紺屋150人ほどによって奉納されたもので、ここは染物業が盛んだったことを示している。
入口左手の小祠は熊谷の地名の起こりを伝える熊野神社。天喜年間(1053~58)に私市(きさい)直季が武州目代としてこのあたりに住み、その孫の直忠が付近を荒らし回っていた熊を退治して熊野権現堂を築いた。それが始まりでこのあたりを「熊谷」と言うようになったのだという。本当はもう少し南にあったのだが明治41年1月に高城神社境内に遷された。

高城神社から少し先に進んだ所に熊谷寺(ゆうこくじ)があって、〔広駅道中記〕には、「宿中右の方に『ゆうこくじ』といふ浄土宗の寺有。御朱印五拾石。直実開基のぼだい所也。蓮生山熊谷寺是也。なをpざねの木像たけ一尺余、数珠幷(ならびに)頼朝公より拝領の幕、白布に鳩、木瓜の鼻、紺の染色也。その他靈體寶物、法然上人の念珠、直実のり鞍あり」とあり、ここが熊谷直実の生まれた館跡だという。
新島一里塚
そこからしばらくして中山道はまた国道17と重なり、秩父道の分岐道標を過ぎて植木というところで国道17と分かれて左側へ入る。ここから150m程の所に「植木の一里塚」が残っている。樹齢300年ほどのケヤキの大木で、高さは12m、幹まわりは3.6m。もとは両側にあったのだが今は左側だけになってしまった。



深谷宿に向かいます。深谷ネギ
深谷と言えばネギの産地として知られる。深谷ネギはブランドとなっていてオイシイ。深谷市では「少し贅沢深谷ネギ」と宣伝しているようだ。
という事はお値段もちょっと贅沢?

深谷宿へ入る手前左に国済寺の山門(左)が見える。
国済寺山門

関東管領上杉憲顕は、十三世紀末に新田氏を抑えるためにこの地に六男の上杉蔵人慶英を派遣して館を築かせた。慶英は後に奥州管領に任ぜられ、、以後憲光、憲長と三代続けてこの地に住んだ。館は一辺が170mの正方形で、外郭を含めると28haあった。
ここの所に康応二年(1390)、高僧峻翁令山禪師を招いて作ったのがこの国済寺。埼玉県の指定旧跡になっている。
深谷見返りの松
その先の、左手に見返りの松(左の写真)があり、もう少し行くと右手に高さ4mの大きな常夜灯(右)がある。深谷宿常夜灯
この常夜灯は深谷宿の東と西の両方にあって、この間の約1.7kmが深谷宿だった。



渓斎英泉の【岐岨街道 深谷之駅】を見ましょう。

深谷之駅岐岨街道渓斎英泉


旅籠屋が80軒を数えたという繁盛を見せた深谷宿の夜の景です。

宿場の女郎屋店先。婀娜な遊女が5人もいる!婀娜な遊女を描いたことで渓斎英泉の中山道続き絵の中でこの絵は傑作!と言われているのだそうです。
一番先頭の「竹内」の提灯を持った女は、絵の解説では遣手の女で、続く女が遊女らしい。
客引きをしているのだろうか。綺麗な着物で着飾っている。鼈甲の笄や簪、まるで江戸の藝者のようにも見える。家の中にも遊女や下働きの女たちの姿。向こうの方はシルエットになっていて、旅籠屋とか、大きな土藏のある漆喰塗りの商家らしい建物がみえる。通りには旅人や提灯を下げて腰をかがめて客引きをしているらしい人の姿。誰そ彼(たそがれ)時の宿場風景。
「竹内」はもちろん出版元である保永堂竹内。左端上の方の行燈も「竹うち」と読める文字が見える。

一つ前の熊谷宿では近村の苦情や忍藩の方針などで旅籠屋に飯盛女を置く事が厳禁されていたので、この深谷宿では飯盛女がおおぜい集まってきた。
天保14年の人口は1928人、その内男895人、女1032人で、ほかの宿場と比較しても女の数が多い。旅籠屋の数も、惣家數524軒のうち80軒が旅籠屋で、内訳が大7軒、中20軒、小53軒。どの旅籠屋も平均4~5人の飯盛女を抱えていた。だから江戸を出立した旅人も、第2夜をこの深谷で泊まる心づもりをしたという。
客引きもエスカレートして、問屋場に苦情が申し込まれる事も多く、天明三年(1783)四月に宿役人の仲介で客引きを規正する一札を宿内に掲げた。それによると、近年旅籠屋どもが客引きを抱えて、本庄・熊谷あたりまで派遣して客を連れてきたり、深谷を通過した旅人の後をつけて連れ戻すなど目に余る行状が多かったという。

先に深谷宿に入る手前に「見返りの松」の写真を入れておきましたが、樹齢300年とも500年とも伝える大きな松、これは旅人が深谷を発つとき、振り返ってきぬぎぬの別れを惜しんだ、……などと案内書に書いてあるのだが、それは案内書の常套句でしょう。

深谷宿の概況。
幕領。宿高224石6斗5升9合8勺。江戸から19里5町40間。
宿往還の長さは16町5間3尺。道幅は3~5間

宿場の機構は、中町に問屋場があり、問屋・名主兼帶が二人、問屋三人。問屋見習一人、年寄兼組頭が五人、名主が二人、帳付け三人、定使二人、馬指六人がおり、それぞれ交代で継立業務を行っていた。
深谷宿では、伝馬役の負担を果たす上で四ヶ村の加宿が付属している。加宿は、宿駅が仕事を果たしきれない場合、近隣の村に負担の一部を負わせるものであるが、ここでは西島村・沖宿村・国済寺村・原ノ郷村が加宿に指定されている。
宿建人馬50人50匹のうち人足はすべて深谷宿が負担し、馬は42匹を深谷宿が、残り8匹を加宿4ヶ村が負担している。

次宿本庄宿までの距離は2里25町で、人馬賃銭は次のとおり。
  年代       本馬    輕尻    人足
正徳元年(1711)    111文   71文    53文
天保十四年(1843)   159文   107文    77文

宿泊施設は、天保十四年の調べでは、本陣一軒、脇本陣四軒で、本陣は横町にあり、建坪は160坪で、門構、玄関を備えていた。脇本陣は下町に二軒あり、一軒は建坪75坪で門構・玄関を備え、一軒は建坪39坪で玄関のみを備えていた。ほかの二軒は中町・横町にあり、建坪40坪前後で門構・玄関はない。
本陣は、はじめ田中萬右衛門家が勤めていたが、建造物は加賀前田家が建設したという。
宝暦六年1756)、当時の萬右衛門が病身を理由に本陣職を退き、代わって飯田十郎兵衛が本陣職を継いでいる。田中家は天明三年(1783)に脇本陣を勤めるようになった。
前田家が建設した建物は寛政十年(1798)に火災で焼失してしまった。
旅籠屋は、宝暦年間が23軒、天明三年に44軒、天保十四年に80軒(これは前に書いた通りです)。

この深谷は『平家物語』に源氏方として登場する武将、服部六彌太忠澄のいた所で、『平家物語』や『源平盛衰記』では文武に優れた平忠度を討ち取った割りの悪い役になっているのだが、『一谷嫩軍記』では中心人物になって活躍する。大將源義経から、忠度の詠歌「さざ波や滋賀の都は荒れにしを昔ながらの山櫻かな」を書いた短冊をつけた山桜の枝を忠度に渡せ、と命ぜられた六彌太は、荊原の里の隠れ家で忠度にこれを渡す。忠度は、自分の歌が勅撰集に入った事を知って喜び、須磨の浦で六彌太に自分の首を授けることになる。六彌太は鎌倉に帰ってから、平家に密通していた平山武者所を討取り、そこで天下泰平の世になる、というのが『一谷嫩軍記』の結末です。
石流山清心寺の境内に、岡部六彌太が建てたという平忠度の五輪塔、供養塔がある。岡部六彌太墓

伝説によれば、忠度の奥方が亡夫をしのんでこの地を訪れ、墓前に一本の櫻を植えた。その櫻の木が「忠度櫻」としていまも咲いているという。
深谷の町並を過ぎたあたりに普済寺があり、その200m程先に六彌太の墓がある(右)。


絵図で見ると深谷宿の入口あたりには並木が植えられている。『宿村大概帳』によると、並木道の長さは1438間で、安政年間には松・杉が457本だった。現在は殆ど枯れてしまっていて、先に書いておいた「見返りの松」のあるあたりにその名残が残っている。
並木は一里塚と並んで旅行者に便宜を与えたが、その管理は宿の負担で、なかなか厳しく、もし並木が枯れた場合はその処理とその後の対策について必ず報告をし、指示を仰がねばならなかった。
並木に関する資料です。

  文政六年二月中山道筋江触書
一、 中山道筋宿幷間之村々往還筋道幅並木敷地等之内、
左右畑・用惡水路等江切添、又者立枯等有之節、小苗木裁立
不致、定杭紛失之儘差置場所も有之内取締能類も有之といへとも、
等閑之宿多キ趣相聞、不埒之事ニ候、前々申渡之趣堅く相守、並木
間遠之場所江者其支配御代官・領主・地頭江申立打建、並木敷地
欠崩ル所者修復を加、左右田畑・用悪水路等ニ切添候場所者元杉之
通築足、以来精々心附、若不取用ものも有之者早々可訴出候。
                (『五街道取締書物類寄』)

宝暦六年(1756)に刊行された『岐蘇路安見絵図』のうち深谷宿付近を載せておきます。
深谷宿付近道路地図

昔の道路地図です。
右端が深谷宿。中程の注釈に「日光山中禪寺山此方に見ゆる」、この辺まで来ると関東平野も大分北の方に来たようだと思います。
左の方の注釈には岡部六彌太に関するものがあります。「岡部六彌太出生の地也」、「岡部六彌太石塔」、「玉龍山普済寺」など。
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