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2014.06.16 (Mon)

第19回リコーダーフェスティバル

第19回リコフェス・プログラム表紙
    第19回リコーダーフェステイバル

                2014年6月15日
                開演  13:30
                会場 なゆたホール
会長




挨拶



ピーひょろ1.ピーひょろ音楽隊
・ 7つのタブロー より    
    薬草摘み  槍試合  
美貌王の肖像  驢馬の祭り
・ 夕焼け小焼け    


福田2.福田リコーダーを楽しむ会
・ ケンタッキーの我が家
・ 千の風になって
・ アンパンマンのマーチ
・ 花のワルツ
      

浜松3.浜松リコーダーアンサンブル
・ カンツォン
・ シチリアーナ
・ アメイジング グレイス
・ ラ スピリタータ


浜名4.浜名リコーダーアンサンブル

・ ボニータインサイド組曲より
    タイン川の流れ
・ 弦楽四重奏 変ホ長調より 
 フーガ
             

             …… ……   休憩  …… ……


Anon,5.Anon.
・ 「モンセラートの朱い本」… 
 おお輝く聖処女 輝ける星よ
母なるマリアよ 喜びの都の女王
・ すいかずら
・ 夜警 


バルネロ6.バルネロ・ムジーク・コンソート
・ 映像で綴る新城の四季
  ~夏の風景~
・ 通りゃんせ 
・ 大きな古時計~モーツアルト風~
・ ハウルの動く城より~世界の約束




積志7.積志リコーダーカルテット

・ 思秋期     
・ 異邦人  
・ 卒業写真 




全体合奏
8.全体合奏

・ 花は咲く 



左右


作曲者名、その他、一部表記を省略いたしました。
編輯責任はヨリックこと柴木です。
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22:54  |  藝術  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

2013.11.08 (Fri)

ヨリックのレコード散歩 010 シリーズ:グレゴリオ聖歌第1集

マリア・アインジーデルン修道院コラール・スコラ
このレコードは、サブタイトルに、
 …その伝統の地を訪ねて…
とあって、この第1集はスイスのアインジーデルン修道院で、以下、スペインのモンセラート修道院、サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院、イタリアのミラノ大聖堂、といった各地の聖歌隊をシリーズとして出したものです。
シリーズ全部を集めていたら現在のグレゴリオ聖歌のおよその姿がわかるのでしょうが、残念ながらこれ一枚しか持っていないのです。

レコード番号 アルヒーフMA 5046

演奏:マリア・アインジーデルン修道院コラール・スコラ
指揮:ローマン・ヴァンバルト神父

スイス最大の都市チューリッヒからアルプスの山麓に沿って谷間を40kmほど行くと高原地帯が開け、そこにアイジーデルン修道院のバロック風建物が見えてくる。(これはレコードの解説の受売りです。ワタクシはスイスへは一度も行ったことがありません。)
この修道院は中世の昔から聖地として知られ、今なお巡礼が絶えないようです。

ローマン・ヴァンバルト神父を指揮者とし、12人の神父で構成されるマリア・アインジーデルン・コラール・スコラの歌うグレゴリオ聖歌はソレーム唱法とはかなり違っていて、ちょっとオーバーに思えるほどに音の長短が強調されている。
これで3種類のグレゴリオ聖歌を聴いたことになるのだが、どれもそれなりに一生懸命に歌っているのだろうと思う。ワタクシにはどれが好い悪いなどとは言うことはないので、指揮者・指導者の考えをただ黙って聞いているだけのことです。

このレコードに入っている曲。

1. 降誕の祝日第1ミサのための固有文聖歌
  a) 入祭唱「主はわれにのたまえり」 Ⅱ
  b) 昇階唱「主権は汝の力の日において」  Ⅱ
  c) アレルヤ唱「アレルヤ、主はわれにのたまえり」  Ⅷ
  d) 奉納唱「天はよろこばん」  Ⅳ
  e) 聖体拝領唱「聖なるものの耀きのうちに」  Ⅵ
2. 公現の祝日のミサのための固有文聖歌
  a) 入祭唱「みよ、主宰なる主はきたりたまわらん」  Ⅱ
  b) 昇階唱「サバのものはこぞりて」  Ⅴ
  c) アレルヤ唱「アレルヤ、われら東方にてその星を見たれば」  Ⅱ
  d) 奉納唱「タルシスの王ら」  Ⅴ
  e) 聖体拝領唱「われら東方にてその星を見たれば」  Ⅳ
3. 復活の主日のミサのための固有文聖歌
  a) 入祭唱「われよみがえりて」  Ⅳ
  b) 昇階唱「この日こそ」  Ⅱ
  c) アレルヤ唱「われらが過越のいけにえ」  Ⅶ
  d) 続唱「過越のいけにえ」  Ⅰ
  e) 奉納唱「地はふるい」  Ⅳ
  f) 聖体拝領唱「われらが過越のいけにえ」  Ⅵ
4. キリスト昇天の祝日のミサのための固有文聖歌
  a) 入祭唱「ガリレア人よ」  Ⅶ
  b) アレルヤ唱Ⅰ「アレルヤ、神は昇りたまえり」  Ⅳ
  c) アレルヤ唱Ⅱ「主はシナイ山に」  Ⅷ
  d) 奉納唱「神は昇りたまえり」  Ⅰ
  e) 聖体拝領唱「主よほめたたえよ」  Ⅰ

このレコード最初は「降誕の祝日第1ミサ」が入っています。これは夜中に行われるミサです。前回書いたミュンヘン・カペラ・アンティカは日中に行われる「降誕の祝日第3ミサ」でした。
アインジーデルン写本・公現の祝日・入祭唱

2番目は「公現の祝日のミサ」です。降誕の祝日は毎年変わらず12月25日で、降誕後8日目に(これは1月1日になりますが)主の割礼の祝日があり、1月6日が公現の祝日となります。
このレコードのジャケットはアインジーデルン修道院の図書館に蔵されているグレゴリオ聖歌の最古の写本の一つである〈アインジーデルン121番写本〉の、公現の祝日ミサの、入祭唱「みよ、主宰なる主はきたりたまわらん Ecce, Advenit dominator Dominus: 」の部分です。
Ecce が上に大きく書かれ、次の行に Adve
、その下にnit dominator Do までが書かれ、以下、小さな字になっているようです。
 

一番上の行の赤字で In Epiphania とあります。
普通にはエピファニーといっているこの日は、キリストが誕生してから12日目に東方、ベツレヘムから三人の博士が来てキリストを拝礼したという日です。
王様のお菓子

フランスではこの日、「王様のお菓子 garette des rois」というのを切り分けて食べる日という事になっています。この中に、ソラマメが入っていて、それに当たった人はその日一日、王様・女王様になるというのです。レストランなどでは瀬戸物の小さいお人形を入れておいて、それが当たった人にはみんなでお祝いをしたり賑やかにしたり楽しい時間を過ごすようです。

ワタクシが時々利用するエピファニーというフランス料理屋(浜松の佐鳴台にあります)でもこの日(及びその近くの日)には王冠を乗せたガレット菓子が出てきます。

3番目は「復活の主日のミサ」。このレコードシリーズ 008 でボイロン大修道院修士歌隊の歌っているのと同じ曲です。復活祭の日はこの時の説明に入れておきました。
キリストの復活を祝する日ですから、歓喜に満ちた「アレルヤ」の言葉がしばしば出てきます。

4番目、「キリスト昇天の祝日」。キリストは復活した後、しばらく地上に留まり、そして天に昇っていきます。復活祭後40日目に行われるのがこのキリスト昇天の祝日。
昇階唱の代わりにアレルヤ唱が第1と第2、二つ歌われます。
教会旋法

前の方で、曲名のうしろにローマ数字、ⅠⅡⅢ…ⅦⅧ と書いてあるのは「教会旋法」という、一種の音階のようなもので、一覧表を出しておきましょう。

カタカナで書いているドリア旋法とかリディア旋法、その4度下から始まる「ヒポ」のついたのはギリシャ旋法の名称です。
教会旋法の時には第一とか第二とか言うようですが、この使い分けはよくわかりません。


こうして色々のグレゴリオ聖歌を聴いたのだが、どれもいわば西方教会の音楽であって、まだ他に東方教会の聖歌があるわけです。ここで一旦グレゴリオ聖歌を中断して、別の種類の音楽を聞くことにしましょう。
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2013.10.31 (Thu)

ヨリックのレコード散歩 009 グレゴリオ聖歌集第1巻

グレゴリオ聖歌を続けます。
グレゴリオ聖歌・ミュンヘンカペラ・アンティカ

レコードは MPS ULX-3186~7-P

演奏がミュンヘンの

 カペラ・アンティカ聖歌隊
Capella Antiqua Munchen

指揮 コンラート ルーラント
  Konrad Ruhland

このレコードは2枚組で、
1枚目に待降節と生誕節、
2枚目に聖母マリアの祝日、他、

の固有文の聖歌が入っています。


前回が復活祭の殆ど全文だったので、これで主要なグレゴリオ聖歌の概要がわかります。
つまりクリスマスとイースターと、キリストを生んだ聖処女マリア様さま関連の祝日が出そろったのですから。

このレコードの内容です。
1枚目A面
1. 待降節第4主日のミサ:Introitus(入祭唱)天よ、上より雫をしたたらせよ
2. 待降節第4主日のミサ:Offertorium(奉献唱)アヴェ・マリア(めでたし・マリア)
3. 待降節第4主日のミサ:Communio(聖体拝領唱)見よ、乙女は御子を宿し
4. 降誕の祝日:Hymnus(讃歌)ききたまへ、イスラエルを治めたもう者
5. 12月17日:O-Antiphona(交唱)おお、英知よ
6. 12月23日:O-Antiphona(交唱)おお、エマヌエルよ
7. 降誕の祝日の朝課:第1朗読(イザヤ書第9章)主よ、聴く者のために
8. 公現の祝日のミサ:Introitus(入祭唱)見よ、王なる主が来たりたまへり
9. 公現の祝日のミサ:Graduale(昇階唱)すべての者はサバより来たらん
10. 公現の祝日のミサ:Offertorium(奉献唱)タルシスと島々の王たちは
11. 公現の祝日のミサ:Communio(聖体拝領唱)われら東で彼の星を見

1枚目B面
1. 降誕の祝日の第3ミサ:Introitus(入祭唱)おさな子われらに生まれ
2. 降誕の祝日の第3ミサ:Graduale(昇階唱)地上のすべての国々は
3. 降誕の祝日の第3ミサ:Alleluia(アレルヤ唱)アレルヤ、アレルヤ
4. 降誕の祝日のミサ:Sequentia(続唱)信者の合唱、喜びもて高まらんことを
5. 降誕の祝日の第3ミサ:Offertorium(奉献唱)天と地は御身にあり
6. 降誕の祝日の第3ミサ:Communio(聖体拝領唱)地上のすべての国々は:詩篇97

初めてこのレコードを聴いたときとても驚きました。
前回の、ボイロン大修道院のレコードとは大違いの音が聞こえたのでした。
ボイロン大修道院のは、荘重、厳粛、といった趣でしたが、このレコードのカペラ・アンティカの演奏は、綺麗な声で滑らかに歌っているのです。ワタクシの耳は長い間ソレーム式厳格な歌い方のものに慣らされてきて、グレゴリオ聖歌というものに固定観念を植えつけられてきたと言えるでしょう。また、グレゴリオ聖歌は単旋律で、ハーモニーのないものだと長い間思い込んでいたのでしたが、所々に二つの声部が異なる旋律を歌うポリフォニーの歌に遭遇したのでした。
聖誕祭・入祭唱

ジャケットの絵、左の絵を拡大しましょう。
この楽譜は、1枚目のレコードB面最初の、降誕の祝日の第3ミサの冒頭、入祭唱の部分です。

歌詞は、Puer natus est nobis et filius datus est nobis:……おさな子われらに生まれ、み子われらに与えられぬ。……の部分ですが、一番頭の大文字のPの中には真ん中のベッドに聖母マリアが、そして左下のちょっと小さいベッドには生まれたばかりのキリストが描かれています。こういうふうに見ていると、昔の楽譜はよく出来ているものだなぁ、と思います。ついでのことに、真ん中の絵を拡大してみます。
復活祭・入祭唱

この楽譜の音楽はこのレコードには入っていないのですが、前回の復活祭日最初の曲、入祭唱の冒頭の部分です。
歌詞は、Resurrexi, et adhuc tecum sum, alleluia:  我よみがえりて
なお汝と共に居るなり、アレルヤ:

一番頭の大文字Rの上の段にはキリストの復活が、下の段には復活の翌朝マグダラのマリアの前にキリストが現れた所が描かれているのです。
この楽譜は、前回のはじめの方に印刷楽譜、大文字Rで始まる楽譜と同じなんですが、4線のドの位置、Cの位置が前回楽譜では一番上の線で、今回の楽譜では上から2番目の線のところにあります。書き方が違うだけで旋律は全く同じです。
印刷楽譜よりこっちの方が綺麗ですね。

2枚目A面
1. 聖霊降臨後の四季の金曜日のミサ:Introitus(入祭唱)
               わが口、御身の賛美に満たされんことを
2. 聖母マリアのためのアンティフォナ:神の聖なるみ母
3. 聖母マリアへのお告げの祝日のミサ:Sequentia(続唱)主はこの乙女に
4. 聖母マリアのためのアンティフォナ:うるわしき救い主のみ母
5. 聖母マリアのためのアンティフォナ:めでたし天の女王
6. 聖母マリアのためのアンティフォナ:天の女王、喜びませ、アレルヤ
7. 聖母マリアのためのアンティフォナ:めでたし女王、あわれみ深きみ母
8. 聖母マリア被昇天の祝日のミサ:Introitis(入祭唱)
               すべての者よ、主に向かいて喜ばん
9. 聖母マリアのための祝日の晩課:Hymnus(讃歌)めでたし、海の星

2枚目B面
1.  インヴィタトリウム:Invitatorium(招きの讃歌)
               われら来たりて、主に喜びの声をあげん
2. 冬の讃歌:Hymnus(讃歌)すべての者の永遠の造り主
3. 月曜日の晩課:小レスポンソリウム(小応唱)われ主をたたえん
4. アンティフォナ(交唱)生涯の真ん中で および 
     終課におけるシメオンのカンティクム 主よ,今こそ御身のしもべを
5. 死者のためのミサ:Introitus(入祭唱)主よ、永遠の安息を
6. 聖アンブロシウスの讃歌:Te Deum われら神なる御身をたたえ、
     (大祝日における感謝の歌、朝課の典礼の締めくくり)

このレコード2枚目はキリストの生涯を記念する祝日とは別の祝日のための聖歌が集められていて、A面は主に聖母マリアのために歌われるもの、B面は聖務日課で歌われるもの、となっているようです。
聖母マリアに聖霊降臨

ジャケットの絵、是は一番右の絵を拡大したものです。
大文字Sの中の下の方に聖母マリアと使徒たちが並んでいて、聖霊が降ってくる所が描かれているようです。


このレコード、最初のうちはとても美しく滑らかに音が流れるので聴いていて気持ちがよかったのですが次第にこれは宗教音楽ではない!と思うようになりました。
ミュンヘン・カペラ・アンティカ聖歌隊は中世、ルネサンス時代の音楽を歌う男声12~3人ほどの合唱団のようです。だが聴いていると全く一分の隙もなく、まるで一人の人間が豊かな声で厚みのある多様な音色で歌っているように聞こえるのです。
美しい旋律を淡々と歌っている。キリストが生まれても磔になっても墓の中から蘇っても唯それだけのこと、と言うふうに聞こえてくるのでした。
お終いの方の死者ミサ(2枚目B面5.)、入祭唱の歌詞、主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光を彼らの上に照らし玉へ、で始まる音楽は、聴いている人に、死者に対する追悼と供養の心が伝わるように歌うのが本当なのではないかな、と思うのでした。
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2013.10.18 (Fri)

ヨリックのレコード散歩 008 復活祭日のミサ

復活祭日のミサ・ボイロン大修道院修士歌隊
レコードはアルヒーフレコード LAM12

第1研究部門……グレゴリアン音楽…
  の中の …Bシリーズ ミサ曲…

”Missa in Dominica Resurrectionis”
    「復活祭日のためのミサ」

演奏は

マウルス・プファッフ神父 指導
Pater Dr. Maurus Pufaff O.S.B.
ボイロン大修道院修士歌隊
Chor der Monche der
Benediktner-Erzabtei St. Martin,
Beuron
です。


フランス・ルネサンスを続けたのでちょっとここらで別の音楽に移ります。
ルネサンスの音楽はワタクシの大好きな音楽ですし、ミラノやフィレンツェ、ローマ、ヴェネツィアといったイタリア諸國、イギリス、スペインなどのレコードも書かなくちゃならないのだが、その前にちょっと古い時代にジャンプしておきたいと思います。

横山サンが福井の学校を卒業して金澤へ来たのは昭和28年のことで、その頃、月給というものを貰うようになっていたワタクシは竪町にあった「郭公」という喫茶店に入り浸っていたのだが、あるとき、やはり同じように入り浸っている男がいて、それが横山サンだったのでした。

「郭公」という喫茶店は金澤第一番の繁華街である香林坊・片町から,竪町という商店街に入ったすぐの「更科」という蕎麦屋から数軒目のところにあった間口の狭い喫茶店でした。
もう少し行くと、このブログの金澤シリーズはじめの方に登場した「モナミ」という喫茶店もありました。(この2軒とももうありません。郭公は火事で焼けてしまったし、モナミは鞍信一サンが死んだので廃業です。)
いつの間にか横山サンと話をするようになり、下宿がワタクシの勤め先のすぐ近く、天徳院というお寺の横のような場所にあったのでしょっちゅう下宿でトランプをして遊んでいました。遊んでいたゲームはカナスタというゲームとコントラクト・ブリッジ。
そのうち平井サンという男がワタクシの勤め先に就職(というか、招聘されて、というか)でやってきて、横山サンの下宿のすぐ近くに下宿するようになり、遊び仲間が増えました。医王山スキー

右はスキー遊び。先頭を行くのが平井サンで次が横山サンでその次がタン子サン。ワタクシはこの写真を写しているのです。正面の山は戸室山で、この山の右裾をまわってその奥のかすんでいるあたり、医王山という富山県との県境の山まで歩いて行って、そこから我が家までスキーに乗ったままで!!!滑り降りてくる、というのがその頃のスキー遊びでした。

あるとき、横山サンの所で「グレゴリオ聖歌」というものを聞きました。
この音楽はそれまでに聞いたどんな音楽にもまして私たちの心をとらえました。
それがトップにのせておいた「復活祭のミサ」です。
ここまで来るのにちょっと時間がかかりましたね。

今ではカソリックの典礼聖歌としてグレゴリオ聖歌という音楽が歌われることがあるのはさほど珍しいことではないようだが、実は西ヨーロッパの教会でも1400年頃から1900年頃までの間、殆ど歌われなかったのでした。グレゴリオ聖歌の原型は600年頃からまとまりだし、整備されていき、ネウマ譜
大聖堂や修道院の中では羊皮紙に美しく書かれた聖歌集などが保存されていたのではあったのだが、歌としての伝統は失われていったようでした。それが復活したのは1900年頃のフランス、ソレーム大聖堂のベネディクト会派修道士たちの精力的な努力のおかげかも知れません。
だから復活した当時は「ソレーム式」でないと正当なグレゴリオ聖歌ではない!というような事が叫ばれたのでした。
(右はネウマ譜で書かれた楽譜)

表題の「復活祭日のためのミサ」は、楽譜をフランス・ソレームにある聖ペテロ修院編纂による、目下準公認とされている楽譜を使用し、ドイツ・バイエルンのボイロンと言う所にあるベネディクト会所属の聖マルチン大修院の修士たちが、博士プファッフ神父の指導の下、修院の聖堂で歌ったものの1950年台の録音です。日本で発売されたグレゴリオ聖歌では最初のLPレコードだろうと思います。
そしてカソリックでは復活祭日が最も重要な祭日です。
十字架に架けられて死んだ主イエス・キリストが三日目に復活した事を記念・記憶するのですから。ですが復活祭の日は年によって変わります。
春分の日の後の最初の満月の次の日曜日
これが復活祭です

このレコードには、復活祭日のミサで歌われる殆ど全部が入っています。ミサの順序の通りに説明しておきます。
ミサの式は司式者と侍者とで行う階段祈祷で始まるのだが、うんと低い声なので録音されていません。         
1. 入祭文 Introitus復活祭・入祭唱冒頭部分

右が冒頭部分のネウマ譜。

…我はよみがえりて汝のところに在り、アレルヤ、… 
つまり殺されたけれども蘇ったよ、と冒頭で宣言しているようです。

2. 続いてキリエ Kyrie(あわれみの讃歌)
3. グロリア Gloria(栄光の讃歌)が歌われます。
この2つは「通常文」といわれるもので、歌詞そのものはすべての祭日で共通です。
「通常文」は他にも クレド Credo(信經)、 サンクトゥス Sanctus (感謝の讃歌)、アニュスディ Agnus Dei (神羔唱 平和の讃歌)というのがあります。
通常文のことは別項で書きましょう。

4. 次に司式者は Dominus vobiscum (主、汝と共にいますことを)、会衆はこれに対して Et cum spiritu tuo (汝の霊と共に)と答え、司式者は Oremus (我祈らん)と言って復活節用の祈りの文章を声高に詠い、終わると会衆はAmen (アメン)と唱えます。
5. 続いて新約聖書の中の使徒書簡、この日はコリント前書第5章7,8節の読誦があり、読み終わると会衆は Deo gratias (主に感謝す)と唱えます。

6. 直ちに復活節固有のグラドゥアレ(昇階唱)が歌われます。楽譜もラテン語詞も省略。
…これ主の設けたまいし日なり。されば我らこの日にありて歓び、楽しまん。…
つづいて祝の言葉、アレルヤの頌が歌われ、
7. 復活祭固有の Sequentia(続誦)となります。ワタクシはここの所が少し重要だと思うので全文書いておきます。
…キリストを信ずる者よ、屠られた過ぎ越しの犠牲の子羊をたたえよ。子羊は羊を贖った。罪なきキリストは父と共に罪の赦しをもたらした。生と死は驚くべき挑戦をして闘った。死んだ命の支配者は、今や生きて治められる。
マリアよ、道で何を見たか私たちに告げよ。わたしは生きておられるキリストの墓を、そして復活された主の栄光を見ました。わたしはあかしする天使と汗拭き布と衣を見ました。わたしの希望であるキリストは復活された。キリストは弟子たちに先立ってガレリアに行きそこに居られる。私たちはキリストが真に死から復活されたことを知っている。勝利の王キリストよ、われらを憐れみたまえ。…  そして アメン、アレルヤが歌われます。

8. ここで4.の時と同じDominus vobiscum. Et cum spiritu tuo の応答があってから読むべき福音書の箇所、この日は聖マルコ伝福音書第16章で、会衆は Groria tibi, Domine(汝に栄光あれ、主よ)と答えて読誦が始まり、終わると
9. ミサ曲通常文の Credo (信經)を歌います。

ここらで大体半分ほどがすみましたので休憩に致しましょう。
金澤という町は、戦国時代末期、前田利家が入ってから発展した町です。
キリシタン大名として知られた高山右近は、秀吉によるキリシタン・バテレン追放令の時に、多くのキリシタン大名が信仰を捨てたのに、彼だけは財産も大名の地位も捨てて小豆島などに隠れ住んでいたのだが、前田利家は1588年、15,000石の扶持を与えて招聘し、以後二代目前田利長にいたる26年間、金澤に住んでいたのでした。その間、金澤にはキリシタン信者がかなり増えたようです。
ワタクシが金澤にいたときのカソリック教会はこんな風でした。
金沢・カソリック教会・広間金澤・カソリック教会・祈る人
教会は金澤の中心部、香林坊にすぐ近い廣坂通りです。
金沢市役所の5,6軒西隣の場所です。
畳敷き、襖などある和風のお座敷で礼拝は行われました。
高山右近がいたときもこんな風だったのではなかったかと思わせます。ワタクシは信者にはならなかったのだが、時おりこの教会へ行って、グレゴリオ聖歌の聖歌集、かなり厚くて立派な全集のようなのと、日常よく使う聖歌を収めた小型のと2冊、買い求めたのでした。残念ながら両方ともどこかへ行ってしまいました。
金澤・カソリック教会の現在

先年金澤へ行ったときには立派に建て替えられていて、大勢の信者が敬虔にミサを行っているようです。
高山右近の蒔いた種がこんな風に今も受けつがれているのでしょうか。

レコードに戻ります。
10. Offertrium オッフェルトリウム (奉献誦)
また4.の時と同じようにDominus vobiscum …Dominus vobiscum …の応答とOremus
が唱えられ、パンと葡萄酒を奉献する祈りその他が行われ、、この間に奉献誦が歌われます。
Terra tremuit, et auievit, dum resrgeret in judecio Deus, Allelia.
地は震いて音を立てず、そは神審判のため起き給う時なればなり、 アレルヤ。

11. Praefatio et Sanctus (序曲とサンクトゥス)
司式者と会衆の間で応答が行われます。
Per omnia saecula saeculorum (世々に至るまで)…Amen…Dominusu vobiscum …Et cum spiritu tuo…Sursum corda(汝ら心をあげよ)…Habemus ad Dominum(我ら主においてそれを持てり)… Gratias agamus Domino Deo nostro (我ら主に感謝せん)…Dignum et justum (そはまさに為すべく、また正しきことなり…〈司式者〉Vere dignum et jusutum (まことにそはまさに為すべく…)、続いて復活日のための序誦が唱えられ、Sine fine decentes (終わりなく主を讃えて言わん)の言葉から会衆の歌うサンクトゥス(感謝の讃歌)に続く。この時にキリストの復活の時が近づいたことを知らせる鐘が鳴らされます。
サンクトゥスの歌詞は通常文です。歌が終わると低い声で長い祈祷が唱えられ、この時パンと葡萄酒がキリストの血肉になると教えています。この祈祷の最後の句、 Per omnia saecula saeculorum が声高に唱えられると、

12. 会衆は Amen と答え,司式者は Oremus…以下の前文を唱えて、Pater noster, …
(天にまします我らの父よ)で始まる主の祈りを唱え、最後の句を一同が唱和する。このあとまた祈祷が続くが歌われないのでレコードには入っていない。祈祷の末句、Per omnia …を声高に唱え、平和の挨拶、 Pax Domini sit semper vobisucum (主の平安汝らと共にあれ)… Et cum spritu tuo (汝の霊と共にも)が交わされ、短い祈祷があって、

13. Agnus Dei (神羔誦 アニュス・デイ)が歌われます。ミサ通常文ですから歌詞は別の項で入れましょう。終わって祈祷があり、司式者が聖体を拝受する。この時、
14. Communion (聖体拝受誦)が歌われる。
はじめの方のネウマ譜です。復活祭・聖体拝受誦

…我らのすぎこし、すなわちキリストは既にほうられたまいぬ。故に我らは真実と誠心の種なしパンをもて、祝宴を設けん…

15. Postcommunion (聖体拝領後の文)
Dominus vobiscum… Et cum … Oremus の応答に続いて祈りが声高に唱えられます。
16. ふたたびDominus vobiscum …の応答があって、 Ite messa est, Alleluia, Alleluia.
(行け、ミサは終わった、アレルヤ)と告げられ、一同は Deo gratias, Alleluia Alleluia (神に感謝す、アレルヤ)と歌います。

これでお終いです。

初めて横山サンとこのレコードを聴いたとき、感動したのでした。
今は亡き横山サンを記念して彼の写真を入れておきましょう。
横山サン・飼猿横山サン・柴垣海岸


左は飼猿と一緒に。
右は金澤合唱團で柴垣海岸。








実はその後、グレゴリオ聖歌のレコードも沢山発売され、ソレーム式でない歌い方のや、北欧からローマヴァチカンにいたるいろんな団体のレコードを聞く機会もありました。するとこのレコードのラテン語の発音がやはり気になります。簡単に言ってしまえばドイツ方言風ラテン語というもののように思えるのです。ローマ風ラテン語は既に消滅しているので好き勝手に歌えばいいのですが、やはりイタリア語風ラテン語の方がワタクシには好ましく思えます。ワタクシはローマ字風ラテン語で発音しています。
21:47  |  藝術  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2013.10.01 (Tue)

ヨリックのレコード散歩 007 美しい乳房

クレマン・マロとその音楽家たち
Clement Marot et ses
musiciens

クレマン・マロとその音楽家たち
というレコードです。

演奏は
 Stephane Caillat dir.
 ステファヌ・カイヤー 指揮

声が
ソプラノ1、カウンター・テナー2、テナー1、バリトン1、
楽器が
リュート、ヴィオラ・ダ・ガンバフルート、オルガン、で、

 ensenble "per cantar e sonar"

というアンサンブル名をつけています。

前項「ロンサールの恋愛詩集」の所でもちょっと触れておいたのですが、クレマン・マロという詩人も、ロンサール、バイーフらと共にフランス近代叙情詩をひらいたプレイヤード詩人群の中間に位置づけられる詩人であり、多くの詩はその時代の音楽家に霊感を与え、創作意欲をかき立てたようです。マロの詩が音楽化された数は250曲を超え、作曲家の数も60人を超えるということです。前回書き忘れたのですが、ロンサールの場合も音楽化された詩の数は350以上も有り、作曲家の数も50人を超えるということですから、この二人は16世紀最大の詩人であると言えましょう。

このレコードは2枚組で、取り上げられている詩の数は29篇ですが、曲数は46曲、作曲家の数は25人、ということですから、一つの詩に数人の作曲家が曲をつけており、また一人の作曲家がいくつもの詩に作曲をしている、という事になります。

とりあえずこのレコードに収められている曲を書いておきましょう。
  上段が歌詞の日本語訳、 中段が元詩(フランス語)いずれも冒頭の部分だけです。
  下段が作曲家名で、その次に演奏の編成(独唱・合唱 或いは器楽などの区別)という具合に書いておきました。)

1. あなたにはもう会えないのだから、私は世捨人になり、人里離れた地へ行きましょう。
  Puis que de vous je n'y autre visage, Je m'en vois rendre Hermite en un desert,
   Pierre Regnault dit SANDRIN (サンドラン) ア・カペラ4声
2. 話題を変えよう。恋については歌われすぎた。恋の歌は騒音だ。
  Changeons propos, c'est trop chantee d'Amours: Ce sont clamours,
   Claudin de SERMISY (セルミジ) 男声合唱と器楽 及び ア・カペラ

3. 青春時代にある限り、私は強大な神である愛の神に、行い、言葉、歌、楽の音を、
  Tant que vivray en age fleurissant, Je serviray Amour, le Dieu puissant,
(a) Adrian LE ROY (ル・ロワ)  カウンターテナーとリュート
(b) Domenico BIANCHINI (ビアンキーニ)  リュート独奏
(c) Claudin de Sermisy (セルミジ) 4声 ア・カペラ
3人の作曲家の曲が入っています。中でも有名なのは(c)のセルミジの曲で、今でもアマチュアの合唱団などが演奏することもあります。

4. 何故に? 麗しい人よ、あなたはもう私をお求めにはならないのでしょうか。
D'ou vient cela, Belle, je vous supply, Que plus a moy ne vous recommandez ?
(a) Adrian Le Roy (ル・ロワ)  カウンターテノールとリュート
(b) Pierre ATTAIGNANT  (アテニャン)   リュート独奏
(c) Claudin de Sermisy  (セルミジ)  4声と4ヴィオル

5. 私が愛するのは恋人の心、そしてその優しさとそのしとやかさ。
J'ayme le cueur de m'Amie, Sa bontee et douceur Je l'Ayme sans infamie,
Claudin de Sermisy (セルミジ) 4声ア・カペラと、カウンターテノールと器楽

6. 皆さんそれは時間の無駄。私の気持ちを変えようと彼女を悪く言ったって、私の気持ちは変わらない。
Vous perdez temps de me dire mai d'elle, Gens qui voulez divertir mon entente :
(a) Claudin de Sermisy (セルミジ) 4声 ア・カペラ
(b) MITTANTIER (ミッタンティエ)  フルートとヴィオル

7. 私は愛されている。この空の下に生きているものの中で最も美しい人に。
Je suis aymee de la plus belle, Qui soit vivant' dessous les Cieux.
Thomas CREQUILLON (クレキョン)  カウンターテノールとリュート
フォンテーヌブロー宮殿・舞踏会の広間

ここまでが2枚組の最初のA面です。途中で休憩をはさんでいきましょう。

マロの生きた時代、16世紀前半という時代は、フランス・ルネサンスの花開いた時代であり、フランソワⅠ世の活躍した時代でもありました。フランソワⅠ世はフォンテーヌブロー宮殿が気に入り、…我が家へ戻るような気がする…といって増改築を行い、室内装飾のために、イタリア・フィレンツエのロッソや、ボローニャのプリマティッチョの2人の芸術家を呼び寄せ、
彼らの手がけた「フランソワⅠ世の回廊」、「エタンプ公妃の寝室」、「舞踏会の広間」は今もそのまま残っています。上左の写真は「舞踏会の広間」です。正面は大きな暖炉があって、当然こちらが上座になり、その反対側(入口に近い方)の上の方には楽士の席がありました。演奏があり、舞踏がありました。神々の前で踊る美の三女神
右のフレスコ画は楽士の席の装飾で、「神々の前で踊る美の三女神」。舞踏会の広間の装飾にふさわしい絵ですね。

フランソワⅠ世は、このフォンテーヌブロー宮殿に、「モナリザ」を含むレオナルド・ダ・ヴィンチの絵や、アンドレア・デル・サルト、ラファエロの絵、彫刻。タペストリー、宝石、陶磁器(実に見事な物、廊下にずっと展示がしてあったりする)といったさまざまな美術品を集めて、ヨーロッパ中の人々を引きつける芸術の一大中心地となりました。
詩人ロンサールはこんな事を書いているそうです。
「フォンテーヌブローの部屋という部屋では仮装舞踏会がくり広げられ、……」
その後もフォンテーヌブロー宮殿は歴代フランス王の愛する所となりました。
アンリ2世、アンリ4世、ルイ13世、ルイ14世、ルイ15世、ルイ16世、そしてかのナポレオン1世までも!

レコードを続けます。1枚目のB面。その間にもまたフォンテーヌブロー宮殿も続けましょう。

8. お前は一人でジャンよジャン。葡萄も牧場も持っている。お前は一人で現金も、ごてごて塗った御屋敷も2軒も持っている。
Tu as tout seul, Jan Jan , vignes et pres, Tu as tout seul ton cueur et ta pecune :
(a) Clement JANEQUIN (ジャヌカン)  4声 ア・カペラ
(b) Dider LUPI (リュピ)      4声 ア・カペラ
    《注記・ この歌詞の最後のⅠ行を書いておきます。 …ジャンよ、お前は
     何でも持っているが、ただ一つ、お前の女房はお前だけのものじゃない!!!…》

9. マルタンは豚を市場へ連れて行った。アリクスがついていったが、彼女は広い野原でマルタンに、罪深いことをしましょう、と頼み込んだ。
Martin menoit son Pourceau au marchee, Avec Alix, qui en la plaine grande …
(a) Clement Janequin (ジャヌカン)  4声  ア・カペラ
(b) Vincenzo RUFFO  (ルッフォ)   3ヴィオル
(c) Andrea GABRIELI  (ガブリエリ)  オルガン独奏
     《注記・ 歌詞はこのあと罪深い内容に及ぶのだが省略しておきましょう。》

10. 卵よりも白くふくよかな乳房、真新しい白繻子(サテン)で作ったような乳房、バラも面目を失うほどの乳房。何よりも美しい乳房。堅い乳房(実に小さな象牙の珠のような)。その真ん中におさまっているのは苺かまたはサクランボウ。
Tetin refait, plus blanc qu'un oeuf, Tetin de Satin blanc tout neuf : Tetin qui fais honte a la Rose, Tetin plus beau que nulle chose, Tetin dur (non pas Tetin, voire, Mais petit boule d'Ivoire ) Au milieu duquel est assise, une Freze, ou une Cerise,
Clement Januquin (ジャヌカン)  4声 ア・カペラ
ガブリエル・デストレとその妹

ようやくこの項の表題となっているマロの「美しい乳房」の詩にたどり着きました。
マロのこの詩は当時もずいぶん評判になりました。
もっともっと長い詩でして、ワタクシとしては最後まで全部書きたくなるのだが一応これで止めておきます。

左の絵は「ガブリエル・デストレとその妹」という絵です。
ガブリエル・デストレ(左)は、フランス國王アンリ4世の寵妾で、妹(右)はヴィラール公妃か若しくはバラニー元帥夫人。
フォンテーヌブロー派といわれる画家たちは、フォンテーヌブローの宮廷にかかわりのある女性を片っ端から裸にしてこのように「美しい乳房」の絵を描きました。もちろん寵姫たちも画家たちの唱えるルネサンスの美学に応えて自身の裸を提供したのでしょう。
狩人姿のディアナ
右は「狩人姿のディアナ」。モデルはアンリ2世の愛人であるディアーヌ・ポワチエではないかと言われています。
ディアナはギリシャ神話に出てくる狩の女神で月の女神でもあります。ですから、ディアナを描くときには額に三日月をいただき、弓矢を持ち、犬を連れている姿で描きます。

マロの「美しい乳房」の詩もこのような時代の中で作られたものでしょう。
後世、この時代を「ルネサンス」、と呼ぶようになりました。Renaissance はフランス語で、再生・復活を意味する言葉ですが、文化史の上では古典・古代(ギリシャ・ローマ)の文化を復興しようとする文化運動です。

レコードを続けます。「美しい乳房」のあとに「醜い乳房」が続きます。たくさんは書きたくありませんねぇ。

11. 皮ばかりの乳房、だらっとした乳房、ぼろきれで作ったような乳房、
Tetin qui n'as rien que la peau, Tetin flac, tetin de drapeau, Grande' Tetin,
Clemens NON PAPA  (ノン・パパ)  4声  ア・カペラ

12. 私はもうかっての私ではなく、さりながら昔に戻ることもできない。
Plus ne suis ce J'ai este, Et si ne le puis jamais estre. Mon beau rintemps,
Clement Janequin (ジャヌカン)   4声  ア・カペラ

13. テイボ修道士は大きく肥っておりました。ある晩寝間着姿の女の子を部屋の格子から
Frere Tibaud sejourne gros et gras, tiroit de nuict une Garse en chemise,
(a) Clement Janequin (ジャヌカン)   4声  ア・カペラ
(b) Pierre CERTON (セルトン) 4声  ア・カペラ

14. おお 気高き美に宿る無慈悲よ、おお 無慈悲を宿す気高き美よ
O cruaulte logee en grand' beaute, O grand' beaute, qui loges cruaulte.
Clement Janequin (ジャヌカン)  4声とヴィオラ・ダ・ガンバ4

15. ふとっちょの小修道院長は、毎朝シャコ(エビに似た食べ物)が焼けるまで
Un gros Prieur son petit fils baisoit, et mignardoit au matin en sa couche :
Clement Janequin (ジャヌカン)  4声 ア・カペラ

ここまでが1枚目のB面でした。もう少しフォンテーヌブロー宮殿を散歩しましょう。
エタンプ公妃の寝室

フォンテーヌブロー宮殿、先ほどの舞踏会の広間へ入る手前にエタンプ公妃の寝室(右の写真)があります。エタンプ公妃はフランソワⅠ世の寵姫でした。
壁のフレスコ画や彫刻はアレクサンドロス大王とロクサーヌの物語だと言うことです。

現在はこの部屋は階段室に改装されていて、手前に見えている手すりのようなものは18世紀になってから作られたもののようです。



化粧するヴィーナス

フォンテーヌブロー派の絵、
「ヴィーナスの化粧」
豪華な浴室で、侍女を従えて裸のヴィーナスが入念に化粧している図。右隣にアモールが居るのでこの女性がヴィーナスだとわかるわけです。
浴室で化粧する貴婦人、というテーマは、普通、男性が知ることの出来ない世界ですので、ルネサンス盛期以後の画材にたくさん取り上げられました。

今までにあげた3枚の絵は現在はみんなルーブル博物館にあります。
2枚目のレコードに移ります。

16. ある日一人で窓辺にいたとき、あまりに多くの出来事を目にして嫌気がさしました。
Un jour estant seulet a la fenestre, vis tant de cas nouveraux devant mes yeux,
Claude LE JEUNE (ル・ジュヌ)  5声  ア・カペラ

17. 私が歌うのを幾度か聞いてお前は不満を言う。私が音楽家になるのを嫌がるのか。 En m'oyant chanter quelque fois, Tu te plains, qu'estre je ne daigne Musicien,
Roland de RASSUS   (ラッスス)  4声  ア・カペラ

18. たとえいい体をしていなくても、丁度よくなくても、いつかあなたは太るだろう。
   そうすりゃあなたはいい体。そうでしょ?
Si vous n'estes en bon poict, Bien apoinct, Quelque jour engresserez :
Et alors vous le serez, Serez point ?
Roland de Rassus (ラッスス)  4声  ア・カペラ
海から上がるヴィーナス
                 
 《ここでちょっと注記》
ルネサンスの頃の美女の条件は太っていることでした。

右はティツィアーノ(1525年頃)
「海から上がるヴィーナス」という絵です。
海の泡から生まれ、貝殻にのって岸辺にたどり着いたヴィーナスです。貝殻は左下に小さく描いてあります。

裸の女を描くことはルネサンスの頃にようやく本格化しました。有名なのはボッティチェリの「ヴィーナス誕生」です。
前項「ロンサール」のお終いの方で「ヴィーナスの誕生」の絵の一部分を載せておきました。この絵の描かれたのは1484年頃といわれております。フィレンツエのカステッロ邸で「春」とともにこの絵を(1550年に)見たヴァザーリはこのようなことを言い残しているそうです。
「画家(ボッティチェリ)は全裸の女を二作品に描いた。誕生するヴィーナスがその一つで、風の神々が彼女を大地に運んでいる。…」
全裸の女が絵として描かれるのはルネサンスの初期からイタリアで始まったのでしょうが、描かれる対象はあくまでもギリシャ・ローマ神話に登場する神様たちや、旧約聖書の中の物語上の女性でした。そして美女である条件として太った女性を描きました。今のようにスリムな女性は、ルネサンスの頃には美女ではなかったのでした。

19. 長い間私は「厳格」に支配されてきたが、希望を持って生きてきた。
Long temps y a que je vis en espoir, Et que Rigueur a dessus moy pouvoir :
Tylman SUSATO (スザート)  ソプラノとヴィオール

20. 私の心はあなたを求め、悲痛と苦悩に悩まされております。
Mon cueur se recommande a vous, Tout plein d'ennuy et de martyre :
Gerard de TURNHOUT (テュルヌト)  3声  ア・カペラ

21, 死よ、お前はこの世を陽もささず冷たく暗いものとし、優美なるもの、麗しいものを    儚いものとし、
Mort, sans Soleil tu as laissee le monde, Froid et obscur : sans arc l'aveugle …
Jacques BOYVIN (ボアヴァン)    4声とヴィオール

22. 彼女は私から去っていく。一番好きだったのに。彼女は去っていく、だが私の心に留   まっている。私の心の中にこんなにも強く刻まれて。
Elle s'en va de moy la mieux aymee, Elle s'en va certes et si demeure, Dedans mon cueur tellement imprimee,
(a) Roland de Rassus    (ラッスス)  3声  ア・カペラ
(b) Jean de CASTRO (カストロ)  3ヴィオル
(c) Didier LE BLANC (ル・ブラン) カウンターテノールとリュート

2枚目A面が終わりました。鯉の池とパビリオン

フォンテーヌブロー宮殿、鯉の池というらしいです。池の中に綺麗なパビリオンが建っています。こんなパビリオンは船に乗らないと入れないので、密会には都合が良さそうです。



ダナエ
この項の表題が「美しい乳房」となっているのでなるべくそういう絵を集めてのせています。
右の絵、「ダナエ」。ゼウス(ジュピター)はアルゴス王の娘ダナエをみそめて、想いを遂げようとして黄金の雨となってダナエの体に降り注ぐ、という場面。着衣のダナエですが、美しい乳房が見えています。ヤン・ホッサールトの絵です。

ここから先は2枚目のB面です。
今までの恋や愛を歌った詩とはがらりと変わって、マロが後半生に鋭意取り組んだ新約聖書の詩篇の翻訳が題材となっています。

23. 我らはバビロン川のほとりに座り、シオンの国を想い出しながらふさぎ込んで泣いた。
Estans assis aux rives aquatiques de Babylon, plorions melancoliques,
(a) Claude GOUDIMEL (グディメル)  4声  ア・カペラ
(b) Adrian Le Roy (ル・ロワ)   カウンターテナーとリュート
(c) Pierre Certon (セルトン)   ソプラノ・リュート・ヴィオール
(d) Claude Goudimel (グディメル)   4声  ア・カペラ

24. 主は私を養って下さる。その大いなる御力の下に。主は私の牧者であり…
Mon Dieu me paist sous sa puissance haute : C'est mon Berger,
(a) Jean Pieterszoon SWEELINCK   (スヴェーリンク)  4声 ア・カペラ
(b) Samuel MARESCHALL  (マルシャル)    オルガン独奏

25. あなたの公平を、まことの神よ、王に与えて下さい。
Tes jugemens, Dieu veritable, Baille au Roy pour regner :
Claude Le Jeune (ル・ジュヌ)   5声 ガンバ、クルムホルン

26. 目を覚ませ、すべての信徒たちよ、今、神に向かって喜べ。
Resveillez vous chacun fidelle, Menez en Dieu joye orendroit :
Adrian Le Roy (ル・ロワ)   カウンターテノールとリュート

27. 天にまします我らの父よ、願わくは御名の尊れんことを。
Pere de nous qui es la haut es Cieux, Sanctifie soit ton nomprecieux :
Jean CAULERY (コウルリ)   4声  ア・カペラ

28. あわれなる堕落者をあわれみたまへ。万能の神よ、その大いなる慈しみによって。
misericorde au povre vicieux, Dieu tout puissant, selon ta grand' clemense,
(a) Claude Goudimel (グディメル)   カウンターテノール・リュートetc.
(b) Samuel MARESCHALL (マルシャル)  オルガン独奏
(c) Claude Le Jeune (ル・ジュヌ)  クルムホルン、ガンバ

29. 主よ、何故に我らから遠く離れて目を覆われているのですか?
Dont vient cela, Seigneur, je te supply, Que loing de nous te tiens les yeux couvers ?
Thomas CAMPION (シャンピオン)  4声  ア・カペラ

これでクレマン・マロの29の詩につけられた総数46の曲の作曲家26人の名前を書き上げました。
中でもシャンソン作家として全ヨーロッパに名の知られたクレマン・ジャヌカン、王室礼拝堂楽長のクロダン・ド・セルミジ、王室聖歌隊長に任ぜられたピエール・セルトン、「詩と音楽のアカデミー」の代表的音楽家であるクロード・ル・ジュヌ、 ルネサンス期最大の音楽家として挙げられるフランドル人のローランド・ラッスス(オルランド・デ・ラッソという事もあります)といった人たちの曲はこのレコードでも多く取り上げられています。

フランソワⅠ世がイタリアからもたらしたルネサンスの動きが、その後のフランスの藝術、文化、の発展に大きく寄与したことがよくわかります。
ここではフォンテーヌブロー宮殿のことをいろいろ書きました。この項をお終いにするに当たってもう一つフォンテーヌブロー宮殿の写真とフォンテーヌブロー派の絵を一枚、載せておきましょう。
フォンテーヌブロー宮殿の正面、「鉄柵門」から「白馬の中庭」へ入ると正面に「馬蹄形の階段」のある大きな翼館があります。
馬蹄形の階段

左が「馬蹄形の階段」。
2階右端の茶色く見える扉がこの階段への出口です。扉を開けて中へ入ると「馬蹄の玄関ホール」の広間があり、続いて「フランソワⅠ世の回廊」です。
ヴェルサイユ宮殿の「鏡の間」に匹敵するほどの立派な回廊です。
その回廊左側4つ目のドアを開けるとそこはナポレオンⅠ世の私室ですが、1814年4月6日に皇帝を退位することを決意したのでした。それで今は「退位の間」と呼ばれています。そして同年4月20日、ナポレオンⅠ世はこの馬蹄形の階段の上に立って、白馬の中庭に整列した皇帝の軍隊に別れを告げ、エルバ島に流刑となったのでした(だが彼はしぶとくエルバ島を脱出して戻りますが)。
エヴァ・プリマ・パンドラ

この絵はジャン・クーザンという人の絵。
「EVA PRIMA PANDORA
 エヴァ・プリマ・パンドラ」

フォンテーヌブロー派の代表的な絵とされています。

横たわる妖艶な女性は、禁断の果実を摘んで人類に原罪をもたらした旧約聖書のエヴァと、災いの詰まった箱(壺)の蓋を開けて人々に災いをもたらしたギリシャ神話の女性パンドラが融合した、不吉な官能にあふれる姿です。
でもそのおかげで、人類は「生めよ、増えよ、地に満てよ」 と現在に至っているのですし、災いがすべて飛び散ったあとに「希望」が残っていたのでした。
(この絵も現在はルーブル美術館に収蔵されています)

クレマン・マロの「美しい乳房」という曲の入ったこのレコードのことを書くことで、フランス・ルネサンスのことや、フォンテーヌブロー宮殿の案内、それにもまして綺麗な裸婦の絵を載せることが出来て、楽しくこの項を終わることが出来ました。
ワタクシにとって、フォンテーヌブロー宮殿はヴェルサイユよりもルーブルよりもいっぱい思い出のつまった場所ですし、綺麗な裸婦像の入った手持ちの美術書を片っ端から開いて、どの絵を載せようかと迷うのも楽しい仕事でした。
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