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2013.09.13 (Fri)

ヨリックのレコード散歩 006 ロンサールの恋愛詩集

このレコード散歩シリーズの最初、001 「春」の項で、詩人のJ.A.de バイーフは、やはり詩人である ピエール・ド・ ロンサール
Pierre de Ronsard や、デュ・ベレー Joachin du Bellay らとフランス語に新しい生命を吹きこむ努力をした……と書きましたが、そのロンサールです。
ロンサール・恋愛詩集

表紙は月桂冠を戴いたロンサール。

表題は
『 Les Amours (恋愛詩集)』

そしてアントワーヌ・ド・ベルトラン Anthoine de Bertrand という人がこの恋愛詩集の中の詩を選んで作曲をしたシャンソンがこのレコードに入っているのです。
ロンサールの詩に音楽をつけた作曲家はほかにもいますが、このレコードはベルトランの作曲したものだけを収めています。
歌っているのは005ジャヌカンの項で登場したシャルル・ラヴィエ指揮、フランス国立パリ・ポリフォニック・アンサンブルの4人。

ロンサールという詩人のことはこのレコードシリーズの第1回目、ル・ジュヌのシャンソン集『春』の項でちょっとだけ登場しました。1524年の生まれ、1585年の歿ですから、フランソワ・ラブレーの活躍した頃に生まれて、ミシェル・ド・モンテーニュよりも少しばかり先に死んだことになります。ワタクシはフランス文学者というとラブレーとモンテーニュのお二方に格別の親しみがあるので、ルネサンス期の文学者というとこの二人の活躍時期とのかかわりがどうであったか、ということで理解しようとする癖があるのです。

フランソワ1世がマリニャーノの戦争で勝って、フランスの宮廷には先進国イタリアの文化が流れ込んで来るのですが、それが16世紀フランスに発生したちょっと遅めのルネサンスの始まりであろうと思います。
フランソワ1世の姉であるマルグリット・ド・ナヴァール(アランソン公爵夫人で、のちのナヴァール王妃)の非常に近代的で聡明な人柄のまわりに集まった人々がフランス・ルネサンスを推進したグループなのでしょうか。彼女は、フィレンツエのボッカチョの書いた『デカメロン Decameron  10日物語』の陽気さに魅せられて、フランス版デカメロンである『エプタメロン Heptameron 7日物語』というのを書いたり、クレマン・マロという詩人が『美しい乳房』という詩を書いて、多くの音楽家がそれに曲をつけたり、ラブレーは巨人王であるグラングージェ、その息子であるガルガンチュア、その息子のパンタグリュエルの呆れかえるほどの猥雑さの中に騎士道物語のパロディが隠されていたり、といった具合でフランソワ1世の宮廷でルネサンスが花開いていきました。

ロンサールは、ラブレーとモンテーニュとの中間の時代に生きて、フランス・ルネサンスの頂点を飾りながら、長く忘れられていたようで、19世紀になってようやく陽の当たる場所に出たようです。
ロンサールが生まれたのは、La Loire (ロワール河・本流の方・女性名詞)の支流である Le Loir (やはりロワール川・男性名詞) の谷間に広がる豊かな土地のようです。
井上究一郎の「ロンサールの叙情詩」という本は、まだ彼が学生時代だった頃に書きはじめたもののようで、出版が1948年(昭和23年)ですから、ロンサールの伝記あたりの項はおそらく戦前に書いたものでしょう。右はこの本の扉の部分です。
ロンサールの叙情詩・扉の絵

この本から少しばかり引用しましょう。

… ル・ロワールの岸邊は特に美しい。古い水車や水門に流れはためらひ、柳やポプラが青銅色の水にうつつてゐる。たつぷりと水を含んだ牧場。ぽつぽつと立つて流れに裾をぬらす葡萄の丘。「さざめき」落ちる泉の水。凝灰岩の岩屋。木立に見え隠れする古い封建時代の城跡。やや時代の新しい貴族の館。すべてが感覚をそそり、空想をさそひ、瞑想を助ける。
ル・ロワールの水がラ・ブレーの水と落ち合う木深いヴァンドーモワのクチュール村、ル・ロワールの左岸から、ガーチーヌの森に広がる一帯の領地を、ラ・ポッソニエールの館が支配している。ピエール・ド・ロンサールは1524年9月11日にこの館に生まれた。…

長じてパリへ出てきたロンサールはこんな詩で当時の自分の生活を歌っている。
  絶妙な甘口の薔薇色の葡萄酒。 アンジューの産。 バッカスよ、
  おまえの液体を護れ。俺は深い友情をおまえに対して抱くから。おまえの酒はいつも、
  俺の心にかなっているから。
  所で諸君、忘れるでないぞ、女友達の 君たちの心に結ばれた名前を、
  彼女の名前の文字と同じ数だけ、  諸君、 いざ、杯を乾そうではないか。
  九度(くたび)CASSANDRE(カサンドル)の名において、俺は杯を取る。
  九度、瓶から葡萄酒を注(つ)ぐ。 
  九度、彼女の名前の九つの文字を記念して、この酒を飲まんがために。
  さあさあ集まれ、始まるぞ、ラテン語でもって、歌を作る、讃えるのはこの泉、
  そしてこの野原の神々。

この詩に歌われたような生活が、ロンサールの学問と青春でした。そしてこのような雰囲気の中から《恋愛詩集》が生まれたのです。ここで名前の出てくるカサンドル・サルヴィアーティCassandre Salviati は、フランソワ一世の文化政策によってフィレンツェから移住してきたイタリア貴族の娘でした。
ロンサールは、1545年4月21日、ラ・ロワール河のほとり、ブロワ伯爵の居城におけるヴァロワ王家の舞踏会の席で、リュート(だろうと思いますが)を弾いてにこやかにシャンソンを歌う褐色の髪の少女に魂を奪われるのです。優雅と教養にみちた15歳の少女でした。
この詩人の心をとらえた少女の面影は、現実の戀として彼の心に形を取ったとしても、その時は既に結婚の望みを捨てて聖職に籍を置く身だったのでした。しかもこの出逢いの翌年の終わりにはカサンドルはブレーの城主ジャン・ペーニュと結婚してしまったのでした。
ブロワ城・航空写真ブロワ城・螺旋階段











左はロンサールがカサンドルと出逢っただろうブロワ城の航空写真。だがこの写真は19世紀に大幅な修復をしている建物も含んでいるので、当時の面影はあまり残っていないと思われます。
右はフランソワ一世翼棟と、外部に突き出た(有名な)螺旋階段で、これは当時のままですから、このような建物のどこかの部屋で舞踏会が開かれただろうとワタクシは思うのです。

《戀愛集》には「カサンドルへのソネ」がいくつも書かれています。井上究一郎氏の訳でいくつかのせておきます。

 われ見たり花さながらに 花の牧ゆくドリヤード
 色あやの花束かざし 裳一重に髪もほつれて
 その日より理性は病み おもひわび涙あふれ
 嘆かふわれをかく重き 苦悩にしばるかの瞳
 ああ、わが眼にそそぎたる やさしき毒は魂に とけ入りてこの痛手より
 六月の美しき百合 陽にいたみうなだるるごと やつるるか青春(はる)のさかりを


 春、かの聖き乙女の歌に よみがえる森ここにあり
 夢みつつひとりさまよふ足あとに ひらきゆく花ここにあり
 おお、美しき若草の 七寶摘みに歩み入る
 その手にふれて萌え出づる さみどりの牧ここにあり
 われは見ぬわが乙女 ここには歌ひかしこには泣くを
 ここには微笑 かしこにはその美しき眼に 息絶ゆるまで魅せられぬ
 ここには坐りかしこに踊る かくも漠たる思念の機に 愛はわが生命の緯を織る


長くなるけれども「カサンドルへのエレジー」というのも部分だけでも入れておきます。

 不在も忘却も 時の流れも消さなかった 心に刻んだ御身の名と姿と愛とを
 美しいカサンドルよ いと若き日より御身の新しい僕(しもべ)となった私
 かってわが眼より、血より、命より貴く あらゆる地にて御身ひとりを
 長く詩に歌わんと、私のミューズが永久の主題に選んだカサンドル
 御身の美しい眸より出たのは 皮膚をつんざく矢ではなく
 その苛酷な切先が 心臓と肺を、血管と骨の髄を、突き刺す矢
 私のカサンドルよ たちまちその矢に傷ついた 若き日以来御身のみ思いつづけて
 この長い不在の時に わが胸と精神(こころ)から 御身は理性と生気を奪った
 その美しい眼とわが眼が ふたたび出会うめぐり合わせのなかった間も 直接に
 御身の面輪から愛がうつした映像は その一画も時に消されず
 かくて私は記憶の中に愛し続けた、 私を悩殺した最初の日の御身を
 城壁を破り砦を壊す歳月の流れに 二人の青春が少しは失われても 何だ
 カサンドルよ 私に大切なのはこの現在ではなく 御身の最初のまなざし
 あどけないやさしさで 深く私に突き刺さったあの眸の矢。
 その血のしたたりをいまもなお胸に感じる。
 近くより遠くより私を魅する御身の眼に ふたたびめぐり逢った日よ、 長く幸あれ
 もしも私が命令を出す王であったら、戀の記念にこの場に高い円柱碑を建てよう
 訪ね来る人々はみな柱に口づけ 御身と私の二人を偲ぶだろう
 私は御身の眼の光にあたって偶像と化した。口もきけず、歩みもならず、理性は乱れた。
 私から離れ去り、全精神を氷らせた 夢みつつ御身のまなこのみに生きて、
 思い出すものはいつも、若くして御身の光に、まなこくらんだあの最初の瞬間
 また一夜、二人で過ごしたあの雑談の時。その追想のみ、他にまさり私に楽しい。
 それはこのような春の季節だった。 いまその同じ季節に、
 ふたたび御身にめぐりあった。
 ねがわくは、愛よ、私の戀におちた四月が、他の不幸な時をも楽しくするようにしてくれ。

長いので途中少し省略しようかと思ったのだが、詩の力というものは簡単に一部分を取り去ってしまうわけには行かないもので、結局全部書いてしまった。ロンサールの、カサンドルへの想いが切々と伝わる詩ですね。

ロンサールの「恋愛詩集」というこのレコードの事を書こうと思いながらなかなか書けなかったのは、ある程度ロンサールの「詩」がどんなものであり、それ以前のシャンソン、例えばジャヌカンやP.セルトンなど一世代前の作家とはちょっと違ったもののように私には思えたので、詩の内容を少しばかり書いておきました。
井上究一郎の「ロンサールの叙情詩」という本が手元にあったおかげでここまで書く事が出来ました。多分ワタクシが月給というものを貰うようになって本屋にお金を払うことが出来るようになった頃に買ったものだと思います。

このレコードに入っている曲。

1. 本当に僕の目は呆れた奴だ。あんなに美しいものをジッと見つめるのだから。…
   Cettes mon oeil fut trop avantureux, De regarder une chose si belle.
  あのつれない美人をあまりに愛するようになった日から、僕は憂鬱になった。…
   Depuis ce jour je devins langoureux, Pour aymer trop ceste beaute cruelle.
2. 僕が惚れたのはマリーだけではない。アンヌもやはり僕を戀の絆でひきとめる。
   Je suis seulement amoureus de Marie, Anne me tient aussy dans les liens      d'Amour.
3. 比類なく美しいおまえよ   Beaute qui, sans pareille.
4. 僕は好きで好きでたまらないからかえって本当に口を利くことも出来ない。
   Je suis tellement amoureus, Qu'au vray raconter je ne puis.
5. ああ、あなたをあまりに愛するあまり、あなたを愛することが出来ぬ。
   Las! pour vous trop aymer je ne puis vous aymer, Car il fault en aimant avoir     discretion.
6. 蜜蜂の蜜より甘いこの笑い、二重(ふたえ)に銀でおおわれたこの百合の花。
   Ce ris plus doulx que l'oeuvre d'une abeille, Ces doubles liz doublement argentez.
  二列に並ぶこのダイヤモンド、臙脂色の口の珊瑚の中で光っている。
   Ces diamanteza double ranc plantez, Dans le coral de sa bouche vermeille,
7. 眼よ、おまえは僕の涙をおまえの光で拭ってくれる。
   OE'il, qui mes pleurs de tes rayons essuye'
8. ああ、優しい喜びよ、ああ、快い僕の痛みよ、ああ、美しい太陽よ、
   O doux plaisir, O mon plaisant dommage, O beau soleil, lumiere de mes eux.
9. 自然は夫人を飾りながら、 Nature ornant la dame qui devoyt,
10. 私の心を奪って下さい、夫人よ、私の心を奪って下さい、差し出しますから。
   Prenes mon coeur, dame, prenes mon coeur. je vous l'offre, madame,
   それはあなたのものであり、あなたのものである限り、あなたの下僕となる以外の   望みは持ちません。
   Donque si votre, il meurt votre en langueur, Votre a jamais, votre en sera le      blame, et si la bas voires punir votre ame.
11. これはこれは、俺の女は何という美人だ。俺は見惚れる、その両の眸に。
   Mon Dieu, mon Dieu, que ma maistresse est belle ! Soit que L'admire ou ses     yeus, mes seignerus,
12. 僕は見た、僕のニンフが百人の令嬢たちの中にいるのを。彼女がいると一番美しい  令嬢もその影が薄れてしまう。
   Je vy na Nymphe entre cent damoyselles, Comme un Croyssant par les menuz    flaeaulx, et de ses yeulx plus que les astres beaulx,
13. 忠実な心は自分の望みを遂げる機会を得ないで、奇妙な情念に苦しめられる。
   Le coeur loyal qui n'a l'ocasion, De mettre a fin ce que plus il desire,
14. あの二つの茶色の眼は僕の命の松明だ。その光が僕の目の上にあふれるとき、
   僕の青春の自由は囚われの身となり、隷属の牢屋の中に落ち込んだ。
   Ces deux yeulx bruns, doulx fdlambeaulx de ma vie, Dessus les miens respandant leur clarte,

レコードにはこの14曲が入っています。ロンサールの「恋愛詩集」、「続恋愛集」や、「オード集」に所収のものの他に、別の詩人の詩も入っているようです。

ロンサールは、初めのほうに出てきたカサンドルというイタリア生まれ、15歳の少女に恋をしたようなのですが、彼女は他の男、プレーの城主ジャン・ペーニュ、と結婚してしまいました。その後の恋愛詩集・続恋愛詩集などには、”マリーへのソネ”、”エレーヌへのソネ”などと数人の女性の名前が出てくるのだが、研究者によると、それは最初の恋人カサンドルの側面に過ぎないというのです。
それほどにもカサンドルはこの詩人の一生を魅了した女性だったようです。
ロンサールは生まれ故郷のラ・ポッソニエールの館にときおり帰ったようで、カサンドルの嫁いだプレーの御城との間に交際が結ばれ、詩人には若い奥方(カサンドル)がボッティチェリの春の女神のように美の象徴として眼に映ったようでした。

カサンドルへのオードというのを少しばかり井上求一郎氏の訳で載せておきましょう。
Mignonne, allons viore si la rose   戀びとよ 見にゆかん
Que ce matin avoit declose      花薔薇(そうび)。けさ紅(あけ)に
Sa robe de pourpre au soleil,     陽に解きし その衣
A point perdu, cettevespree,      くれなゐの 重なりも
Les plis de sa robe pourpree,      君に似し 頬(ほ)のいろも
Et son teint au vestre pareil …      失せたりな こよひ(今宵)いま

ボッティチェリの有名な絵の部分です。
ボッティチェリ・春・部分ヴィーナスの誕生・部分

ロンサールはカサンドルに美の女神を見いだしたのです。
そしてこの想いは一生続いたようでした。



ロンサールの最後の詩、「ロンサールの墓碑銘」

 ロンサールここに眠る。若きより果敢にして、アポローンの矢と竪琴のしらべもて、
 ミューズらをヘリコン山よりフランスに誘う。 されどおのがミューズは死の鑓に敵せず。 いたましや、このおくつきに葬らる。魂魄は神に、肉體は土にかへれよ。

いま入手出来そうなロンサールの合唱曲には次のものがあります。




ロンサールのシャンソン・CD
harmonia mundi HMC-901491
Chansons des poemes de Ronsard
 ロンサールの詩によるシャンソン
という一枚のCD.。

演奏は、アンサンブル・クレマン・ジャヌカン 
指揮をドミニク・ヴィス

全部で19曲。

Francois Regnard
Guillaume Boni
Jean de Castro
Philippe de Monte
Albertd de Rippe

の5人の作曲家のものが納められています。

新しい所ではモーリス・ラヴェルには「ロンサール、おのがたましいに」という歌曲もあります。
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22:27  |  藝術  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑
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