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2011.11.21 (Mon)

藝術の秋・2011美術館 ゴヤ展

藝術の秋、今年もいくつか美術館や音楽會へ行きました。それらの事を少しばかり。

金澤030,031に、2010年の現代童画展に出展したmoguさんの「瞬きシリーズ」の絵
「明日の娘(こ)」をのせて、いただいたコメントも載せておきました。
moguさんから今年の第37回公募展に入選しましたといって招待券を送っていただき
ましたので、ついでにいくつか見てまいりました。

今年の話題は何といってもプラド美術館所蔵のゴヤの絵がくることでした。
私はかなり前に堀田善衛の大作「ゴヤ」を読んでいましたからよく知っている画家、
という印象です。だからこの展覧会はどうしても見なくちゃならない展覧会です。
ゴヤ展・新聞記事
新聞(読売)では左のような
大きい広告のページを作って
宣伝もしていました。
 
11月11日、前日までよく
晴れていたのに天気予報では
この日は一日中雨なのだが、
この日しか東京へ行く日は
取れないので仕方ありません。

近代美術館・ゴヤ展看板
国立西洋美術館です。
大きな看板です。
ずいぶんひどく雨が
降っているのに人の
行列は続いています。

私はNOBUYOさんから
割引券を貰っていたので
若干の割引をして貰う
事が出来ました。
たとえ僅かでも割引になると気分がいいものです。

19世紀末~20世紀初頭にエンリケ・グラナドスという作曲家がスペインにおりました。
この人は、”ゴイェスカス Goyescas”というピアノ曲集を書いています。
「ゴヤの絵風の場面」という意味です。…恋するマハ(小粋な女)とマホ(伊達男)…という
言葉が副題に添えられました。スペインの民族音楽風の、これも小粋な音楽です。
アリシア・デ・ラローチャというスペイン生まれの女性のピアニストがとても小粋に
弾いているのです。この雰囲気を思い出しながらゴヤの絵を見ましょう。

アンダルシアの散歩道
「アンダルシアの散歩道 (1777)」
という絵です。
この頃のゴヤは30歳になったばかりで、
絵のコンクールで選外佳作を得たとい
う程度で、まだ名声を得るには遠い
時代です。
スペインでは英仏との間の7年戦争と
いうのが終わって、若者の間には
新しい風俗が生まれたのかも知れません。
日本でも第一次世界大戦が終わった
大正末から昭和初期に、モボ・モガ
(モダンボーイ・モダンガール)という
新しい風俗が若者の間で流行したように、
スペインでは若者を中心に生まれた
風俗なのでしょう。

アンダルシアの散歩道・部分

        
左の絵の右下の部分をちょっと拡大
してみました。

マホとマハです。

マホは大きなマントを羽織り、帽子を
目深にかぶっています。マホたちは
概して高慢で喧嘩っ早くって、すぐに
剣を抜きました。派手な服装で街を
のし歩き、極力働かない事をよしと
していました。

マハは刺激を求める情熱的な女たち
でした。髪をネットで飾り、派手な
色の、胸元を廣く開けた体型を強調する服を着て、足首が見えるほどのスカート丈
というスタイルでした。彼女たちは働き者で、オレンジやクリを売ったり、貴族の館で
メイドとして働きながら自活していました。というのも気に入ったマホを養わなくちゃ
ならない場合もあったからです。
かごめかごめ・部分

左の絵は「かごめかごめ (に近い遊び)」
をしている上流階級の若者です。左の女性や
右の男性はイギリス・フランス風の衣装ですが、
ほかの人たちはマホ・マハ風の衣装のようです。
このスタイルは次第に上流階級の間にも浸透
していきました。


今度の展覧会の目玉は何といっても「着衣のマハ」です。
着衣のマハ
こちらが着衣のマハ



裸のマハ
そしてこちらが裸のマハ


この絵が描かれたのは1800年の頃ですし、この絵と対になる「裸のマハ」はこの絵よりも
ちょっと前に描かれていますけれども、とにかく両方ともゴヤの名声が確立してからの事です。
今度の展覧会には来なかったのですが、「裸のマハ」も一緒に載せておきました。

1780年にはマドリードの王立美術アカデミー会員に推挙されていますし、1786年には
カルロスⅢ世の王付画家に任命されています。画家として最高の地位に上りつめたと
言っていいでしょう。この絵は時の宰相であり王妃の愛人であったマヌエール・ゴドイ
の為に描かれたものです。当時のスペインでは裸体画は禁じられていたのだが、最高権力者
だったから禁則を無視して描かせたのでしょう。後にゴドイが失脚すると、この絵は
ワイセツであるとして危うく焼却される所までいったのでした。

この展覧会では銅版画やエッチング、チョークや鉛筆で描いた絵などが非常にたくさん
ありました。
私は見た右は「戦争の惨禍」という版画集の
「私は見た」の下絵。左の方に聖職者が
逃げていくのだが、庶民はといえば、
右の方の子どもを引き寄せて逃げ
惑っている女に代表される無力な
階級の人間のその果ての悲惨な成り行き、
そういったっものが描かれています。
版画集「戦争の惨禍」はナポレオンの
フランス軍がスペインに侵入し、
それに伴うあらゆる悲惨な現象を、
目をそむけないで描いているのです。
「スペインがボナパルトと戦った血みどろの戦争の宿命的な結果とその他の強烈な
気まぐれ」と命名した85枚からなる版画集です。
ほかにも「闘牛図」とかたくさんの版画とその下絵がありましたが、それらは
ゆっくり見るにはあまりにも沢山の時間が必要なので、図録を購入してきました。
黒衣のアルバ女公爵

左の絵は「黒衣のアルバ女公爵」です。
実は今度の展覧会ではアルバ女公爵の絵は
この絵も含めて殆ど出ていなかったのだが、
ゴヤの事を書くのにアルバ女公爵は
欠かせない人物だと思います。白衣のアルバ女公爵・部分

右は「白衣のアルバ
女公爵(部分)」
この二つとも別の画集
から引用しておきました。



当時のスペインの宮廷のことを少々。

カルロスⅢ世が死んでそのあとに新王カルロスⅣ世が戴冠したのは1789年。ゴヤが
43歳の時です。この年、フランスではバスティーユ監獄が襲撃されてフランス革命の
始まりです。
ゴヤは宮廷画家に任命されていますから、新王夫妻の肖像画など大量に制作しなくちゃ
なりません。所がこの新王と王妃、それに王妃の愛人であり青年総理大臣となった
ゴドイ。王は狩りに夢中になっているし、王妃はゴドイとくっついてばかりいます。
そしてスペインでは第2の実力者といわれた貴族の筆頭であるアルバ公爵夫妻。
こういう人たちの支配するスペイン宮廷では、ゴヤは親友に「国王をはじめ宮廷では
僕を知らないものは誰一人いない」と手紙を書いています。
もともと絵描きなんてものは単なる職人であって、貴族たちから次々とその邸内に飾る
ための肖像画の注文をうけて、夜も昼もなしに絵を描き続けていなくちゃならないのだが、
もともと下層階級の出身であったゴヤにとっては得意満面、という所だったでしょう。

上の2枚のアルバ公爵夫人像。右の白衣のは夫の公爵がまだ生きている時(1795)のもので、
左の黒衣のは、公爵が死んで未亡人となったアルバ女公爵(1797)です。
黒衣を着ているから喪に服しているなどと考えてはいけません。いち早くパリから
取り寄せた流行の服です。
アルバ女公爵(Duquesa)は生まれながらの公爵の家柄で、夫に関係なく公爵の称号は
続きます。(マドリードの邸宅は現在でもスペイン国防省の建物として使われている
そうです)しかも広大な土地、アンダルシーア、トレド、マドリードの領地と五つか
六つの別邸、銀行その他の収入源を持ち、王と王妃の前で帽子を脱がなくてもいい
大貴族の筆頭であり、年収は金貨50万ドゥカーテン(いったい今の¥にしたらいくらに
なるか判りませんが!)が彼女の自由裁量に任されているのです。こうなれば世の中に
怖い者なし。

ゴヤがこのアルバ女公爵、正式のお名前は、ドーニャ・マリア・デル・ピラール・テレーサ・
カイエターナ・デ・シルバ・アルバレス・デ・トレドとおっしゃるのだそうですが、
彼女から …私の絵を描いてぇ…と頼まれた時には内心喜んだでしょうね。
そうして出来たのが黒衣のアルバ女公爵像です。もう一度絵をよく見ましょう。
黒衣のアルバ女公爵・指と地面


右手の人差し指が下の砂の上を指さしています。そこには Goya 1797 と書かれて
いて、しかもその指には二つの指輪をしていて、まぎれもなく誰でも読めるように
Alba Goya と書かれているのだそうです。地面の上と、指輪を載せておきます。
原図は堀田善衛の著書からいただいたものです。

この白衣と黒衣の二枚のアルバ女公爵の肖像画、これまでゴヤ展というものには一度も
出展された事がないといいます。白衣の方は、マドリードの真ん中にあるリリア宮殿と
呼ばれる現アルバ公爵邸に秘蔵されていて公開された事はなく、黒衣の方はニューヨークの
どこかに秘蔵されていて、両方とも見るのは難しいようです。

ゴヤ展を見終わったとき、かなり疲れ果てていました。
かなり沢山の展示で、しかも銅版画や下書きやいろんなものの説明が細かい字でたくさん
書かれていてそれらをキチンと読んでおかないとあとで(例えばこういうものを書こうと
思った時に)困るだろうと思ったからです。

1971年に日本でゴヤ展が開かれた時には、「裸のマハ」と「着衣のマハ」の両方が
プラド美術館から送られてきたのでしたが、その頃のワタクシは仕事ばかりでそんな
展覧会がある事さえ知らなかったのでした。
マハのいる部屋

今度の展覧会でマハの写真を
買ってきて、私の部屋に掛けて
おきました。
歌麿の美女、ゴヤの美女に
囲まれて幸せな気持ちです。


文化会館精養軒・ランチ
国立西洋美術館を出たら
もうお昼でした。
上野の美術館へ行った時には
お昼はいつも東京文化会館の
2階の精養軒でランチを食
べます。
子羊のシチュウと
コーンスープです。

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。 ジャンル : 学問・文化・芸術

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