2018-11- / 10-<< 123456789101112131415161718192021222324252627282930>>12-

2017.09.15 (Fri)

泉光院の足跡 254 鳳来寺

秋葉山で詣納経をすませて、大椀山盛りの飯と汁を食べた泉光院はすぐに山を下ります。
…五十丁下りて犀川村と云ふに大川あり渡船、此川東海道天龍川の川上也、當村へ宿す。秋葉山奉納一句、
   其儘に楓の幣や秋葉山

秋葉山からの下りは、いま東海自然歩道といわれている道。
東海自然歩道というのは東京都の高尾山から大阪府の箕面山まで、ハイキングに適した山々をつないで景色のいいところや古蹟などを巡り歩くようにできている、なかなかいい道です。秋葉山近くのルートをちょっとだけ書いておきます。宇嶺の滝
JR東海道線藤枝駅からバスで蔵田まで行くと秋葉街道に出ます。終点のバス停から右の方へ行くと「宇嶺(うとうげ)の滝、右の写真」という落差70m、東海地方では一番大きな滝に出会います。 急な坂を下れば滝の下まで行けます。「おきみの滝」とも言って、悲恋の末にこの滝に身を投じたおきみという娘の悲しい話、というのが伝わっているようです。左の方へ行くと髙根白山神社への道で、傍らに「おきみの墓」というのがあって、その脇の神社の参道を登っていくと髙根山871mで、頂上近くに神社がありここで10月29日に古くから伝わる神楽が能納されます。野守の池桜

髙根山から西に下ると大井川に出て、大井川鉄道家山駅から西へ入ると櫻の名所「野守の池」(右)です。

大井川鉄道は蒸気機関車が走るので人気があります。



そこから大日山金剛院、春埜山大光寺、犬居城跡、そして彼の巨大天狗面のある秋葉神社の登り口、となるのです。

泉光院は秋葉山からの下り道を、もと来た道ではなくて西の方、今なら天龍川の秋葉ダムのある方へ、…犀川村と云ふに大川あり渡船、…して対岸へ渡りました。
渡船をした場所には今は秋葉ダムが出来て、その堰堤を歩いて通れます。車で秋葉山
へ登る時も、浜松市天竜区から国道152を天竜川に沿って北上して、ここまで来たらダムの堰堤を走って秋葉山へ登ることができるのです。ずいぶん便利になっています。
秋葉ダム側面
秋葉ダム正面

写真は秋葉ダムの下流側から見た正面(左)と側面(右)。
写真では小さく見えますが、堰堤の高さは84m、長さは273mと、見た目よりも大きなダムです。
泉光院の書いている「犀川村」はこの堰堤の左側(西側)にある村で、今の地図では「西川」と表記しています。

四日 晴天。犀川村立、辰の刻。峠を越へ谷に下ること幾つと云ふことを知らず、道に人家少々あり、五里に巢山と云ふ村あり、山元屋と云ふに一宿。此のあと三丁計りに大平越とて峠あり、此處遠參の國堺也。地藏堂一宇あり。

西川から東海自然歩道は白倉川に沿っていて、白倉峡という綺麗な峡谷を歩きます。泉光院の言う通りに峠を越え谷を渡り、天竜美林を歩きましょう。このあたり一帯は天竜県立公園に指定されていて、杉林ばかりではなくて秋になれば見事な紅葉を眺められ、自然を満喫できる道であります。
自然歩道から車の通るような舗装道路に出るとそこに道の駅「かあさんの店」という手打ち蕎麦を食べさせるような店があったり、右のような水車小屋があったりします。くんま水車の里
「くんま水車の里」という所です。「熊」と書いて 「くんま」と発音する山深い村です。
浜松からは県道9号、天竜東栄線という道の途中までバスを乗り継いで終点の「熊」で下車するとこんな場所になるのです。…道に人家少々あり。…というのは江戸時代も21世紀平成の現在でも変わりません。舗装道路から離れてさらに西へ自然歩道を捜して歩くと巢山(昔の地図には載っていたのだが新しい地図にはもう名前が見えない。廃村になったのだろうか。江戸時代の人は秋葉山へ參詣するのにこの道を通ったのだからこの村は旅籠屋もあった大きな集落だった)で、鳶の巢山670mの稜線が遠江國と參河國(愛知県東部 三河)の國境です。地蔵堂が建っていたようだが今はありません。

國境といえばこのちかくの(静岡県)遠江國水窪村と(長野県)信濃國南信濃村の境に兵越(ひょーごし)峠というのがあって、ここでは水窪村と南信濃村の村民が綱引きをして勝ったほうが國境の標識を1m、相手の村の方に押しやる、という面白い行事があります。兵越峠立札
立札には次のように書いてあります。
「告 !! この標識国盗綱引合戦に於て定る国境である 行政の境に非ず」。
つまり両方の村のお遊びだから気にしないでネッ!ということですが、このお遊びは1987年(昭和62年)に第1回が行われていて、2016年迄の成績は、南信濃村(信州軍)17勝、水窪村(遠州軍)13勝で、信州軍の4つ勝ち越し、つまり国境は4m遠江國にずれてしまっている。
兵越峠新聞写真
右の写真は以前ワタクシが見物に行った時の新聞写真で、右(手前側)が遠州軍、この時は遠州軍が勝利だった。だから静岡の新聞は左のように大きな見出しで勝利を報じているのです。ついでに新聞記事も書いておきましょう。
兵越峠新聞見出し
「綱引きで領土を広げる国盗り綱引き合戦が28日、浜松市と長野県飯田市南信濃の境である兵越峠(1168m)で行われた。遠州軍は昨年に引き続き、信州軍をストレートで破り、通算成績を10勝11敗とした。浜松市側に2㍍食い込まれていた「国境」の立札を1㍍、飯田市側に押し戻した」。
このお遊びは毎年10月の第4日曜日、正午から開始で、選手は各10人、一人以上の女性選手を含む、試合は3本で2本先取した方が勝利、という定めになっている。今年(2017年)は第31回で、10月22日(日)に行われます。

五日 晴天。巢山村立、辰の刻。三里に鳳來寺と云ふがあり、登り三十六丁、八合目に行者かへりとて道惡き所十四五間程あり、大峰油掛の石に似たり。西谷に下り八合目に藥師堂あり、八間四面、南向。又東照宮の宮あり、伽藍多し。寺一ヶ院、皆谷合大石の間に建てり。上は大石、麓は杉檜柏松等の山也。納經所より下ること十八丁、麓に樓門あり、夫より三里に大川あり、瀧川とて渡船あり此上に宿す。

巢山村の山元屋という旅籠を出て、次の目標は鳳来寺です。
このあたり、ずっと東海自然歩道を歩けばそのまま泉光院の足跡と重なります。
阿寺の七滝
巢山村から一里ほど行った所に阿寺の七滝、日本の滝100選に入っている名瀑があります。高さ64mとちょっと小ぶりではありますが甌穴を造りながら礫岩層を七段になって流れ落ちるさまはとても美しく、名勝天然記念物に指定されています。
この瀧は平安時代中期、陰陽博士安倍晴明が修行したという伝説があって、たいていの瀧は弘法大師とか役行者だとか、佛教系の人が開く場合が多いのだが、占い師のような人が修行をするのは珍しい。

阿寺川に沿って少し下りましょう。とても綺麗な道です。東海自然歩道の登り口が見えるのでそっこから登ってもいいし、(少し距離は長くなるけれども)いいのだが、下ると豊川上流、JR飯田線三河大野駅に出ます。東海自然歩道はそのまま真っ直ぐ山へ向かいます。登って行くと、今は「鳳来寺パークウエイ」という有料自動車道路に突き当たりますが、そんなものには目もくれないで横切ってしまいましょう。鳳来寺行者越え
泉光院の言う…行者かえりとて道惡き所…、(右の写真)があります。今の地図には「行者越え」となっています。この道には石の羅漢サンが16人居たというのだが、数えた人がいて現在は14人だそうです。

鳳来寺山東照宮

鳳来寺仁王門




左は行者越えから少し行ったところにある「東照宮」。この東照宮は、日光の東照宮、久能山の東照宮とともに「三東照宮」と称せられている豪華絢爛な建物、國重文です。
そして右が本堂前にある大きな仁王門を最後の石段の途中から写したので何だかよくわからない写真になってしまった。

泉光院は裏参道の方から鳳来寺山へ登ったので、ちょっと順序が逆になってしまったのです。
鳳来寺山鏡岩

左が鏡岩。鳳来寺山頂上のすぐ下にある、高さ60mほどもある一枚岩。
下りは表参道の1425段の石段を下りました。
鳳来寺山雪の石段

鳳来寺山石標


右は雪の日の石段。
この石段は登るにも下りるにも、高さ、歩幅共に割合具合がいいので、亡息を連れてここへ行った時、まだ幼かったのだが文句も言わずに歩いていた。
鳳来寺石段杉の木
左は石段の途中にある「新日本名木百選 傘杉」で、最近の測定では、高さ58.5m 幹廻り7.5m、樹齢800年というもので、高いところまで途中に枝がなくててっぺんの所が傘のように開いているというので「カラカサ杉」。泉光院はこの石段を下りて鳳来寺の参詣を済ませたのでした。
鳳来寺山門谷



表参道入口の門谷(かどたに)から見た鳳来寺山690mです。入って行くと両側にお土産物屋や蕎麦屋が並んでいるのはどこの門前町でも同じようなものですが、だんだん歩いて登る人は減ってしまって近頃は寂れてしまったようだ。みなさんこの1425段を敬遠して、クルマでサッと登ってしまいますから。

ワタクシが始めて此所へ上った時の経路を参考のために書いておきます。
1968年の頃です。

国鉄東海道本線、浜松駅乗車。豊橋駅で下車。そこで飯田線に乗り換えて本長篠駅で下車。
そこから私鉄の豊橋鉄道田口線というのに乗ります。田口線というのはその時代としては珍しく電車で、「モハ10」というタイプでした。田口鉄道電車
田口線は、本長篠駅から設楽(しだら)町田口まで通じていました。二つ目くらいの鳳来寺駅で下車、そこから歩くのです。
田口線は1日に12往復ほどの本数しか動いていないし、東海道本線・飯田線・田口線、それぞれの鉄道の乗り継ぎが非常に不便きわまるので、一日で往復するのはたいへんでした。
この電車は惜しまれながら1968年で廃線になってしまいました(つまりワタクシは田口線の廃線になる直前、この電車に乗って鳳来寺山へ行ったのでした)。

この山には「ブッ・ポウ・ソウ (佛法僧)」と鳴くコノハズク(フクロウ目フクロウ科の鳥)が住んでいて、NHKがこの鳥の鳴いているのを録音するのにずいぶん大げさな準備をやったのが評判になりました。ずいぶん昔のことです。
スポンサーサイト
06:56  |  街道周遊  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

コメント:を投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメント:を表示  (非公開コメント:投稿可能)
 

▲PageTop

*Trackback

この記事のトラックバック URL

→http://azasosori.blog.fc2.com/tb.php/448-49287328

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック:

▲PageTop

 | BLOGTOP |