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2018.03.18 (Sun)

泉光院の足跡 294 法隆寺・東院伽藍

法隆寺へやって来ました。

廿三日 晴天。先づ伽藍廻りする。舎利殿に詣づ、前に六角堂あり、舎利堂は長十間幅四間計りの堂也。諸佛安置あり、南向、此處は別圍いの地也。夫より大塔、金堂中堂、七堂伽藍を廻り納經す。境内八丁四方皆堂塔也、廿七ヶ所に參詣所あり、事多ければ悉細は筆に及ばず略す。諸堂皆南向也。外圍ひ皆筋練塀也。聖徳太子御崩御の地也。御朱印今三千石、門前町多し。…

法隆寺のことは、これは泉光院もワタクシも…筆に及ばず…と逃げるしかありません。
難しいことは止めて、もっぱら観光気分で廻りましょう。
法隆寺の境内は、金堂・五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とする東院伽藍に分かれています。泉光院は先に東院伽藍の方から廻ったようです。
法隆寺舎利殿繪殿
左が繪殿・舎利殿の建物。
桁行七間になっていて、真ん中が奥の伝法堂への通路になっている。
通路向こう側の舎利殿には貞治三年(1364)製の厨子ががあって、ここに舎利を始めとする寶物が納められている。

右がその厨子。

法隆寺舎利殿厨子

右上の方にちょっと屋根の部分が見えているのは夢殿。

泉光院が、…前に六角堂あり、…と書いているのは夢殿のことですが、正しくは八角円堂です。
夢殿は東院伽藍創立以来の正堂で、本尊として聖徳太子等身(像高177.8cm)と伝える救世觀音(くぜかんのん)像が厨子の中に収まっています。


法隆寺夢殿法隆寺救世觀音像








夢殿と救世觀音像です。

平安時代後期からすでに秘佛とされていて、厳重に秘されていたためにきわめて保存状態がいいのです。明治十七年に寺僧の反対を押し切って、フェノロサと岡倉天心によって開扉された時、この像は全体が500mもの白布で包まれ、この像が姿を現す時は法隆寺が崩壊するという伝説があったので、僧たちは逃げ出した、というエピソードは有名です。
この像は春(4月11日~5月5日)・秋(10月22日~11月3日)の開扉期間だけ拝観する事が出来ます。

東院伽藍の配置図を入れておきます。
法隆寺東院伽藍配置

観光案内図から頂きました。
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