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2018.03.30 (Fri)

泉光院の足跡 296 法隆寺の金堂と塔

一つずつゆっくりと見ていきます。まず金堂。
法隆寺金堂

法隆寺は昭和9年から約半世紀かけて「昭和の大修理」が行われていました。
その途中、昭和24年の1月26日、壁画の模写作業をしているときのこと、早朝に初層内部から出火して柱と壁画が燃えたのでした。
彫刻や一部の小壁画は別の場所に収蔵されていたので無事だったのでした。

納められている佛像は、釋迦三尊像、薬師如来像、四天王像など。

中へ入りましょう。
法隆寺金堂内部法隆寺金堂釋迦正面s



まず目に付くのは釋迦三尊像。
左が横から、右は正面から。

日本の佛師によって佛像が制作されるようになったのは物部廃佛派と蘇我崇佛派の抗争で崇佛派が勝利を収めた頃と考えられ、佛像制作の創生期に活躍したのが、この釋迦三尊像の制作に当たった止利佛師とされています。
法隆寺釋迦三尊

そしてこの釋迦三尊像は日本に於ける最初の佛法の理解者と考えられてる聖徳太子の冥福を祈るために、推古31年(623)に制作されたのでした。

この時代の日本の佛師が佛像制作の参考にしたのは北魏時代の雲崗や龍門の石窟の佛像だったようです。
右がその一例、龍門石窟寶陽洞の本尊。法隆寺龍門石窟寶陽洞本尊

敦煌から雲崗、樂浪、そして朝鮮の慶州、と、佛像の辿ってきたあとを見て行くと、次第に洗練されていく様子がうかがえてとても面白い、といいますが、ワタクシには判らぬことばかりですので省略します。

法隆寺金堂釋迦顔

お釋迦様のお顔です。
慈愛にみちたお顔ですね。
法隆寺金堂藥師如來顔


右は藥師如來のお顔。
優しいお顔です。







法隆寺金堂壁画焼失前

金堂の周囲の壁面には繪が描かれています。
左が焼失前の壁面の様子。
西側(6号壁)の阿彌陀浄土です。
法隆寺金堂壁画6号壁阿彌陀浄土













阿彌陀如來と、両側の脇侍、觀音菩薩と勢至菩薩が描かれています。


法隆寺金堂壁画6号壁觀音頭部

右の繪は左側の脇侍、觀音菩薩の頭部です。
右側に描いてるのですが、阿彌陀様からみれば左の脇侍にあたるわけです。
この脇侍の繪は金堂壁画中最も美しいといわれているのでのせておきました。

法隆寺金堂1号壁画釋迦淨土


東側(1号壁)の釋迦如來淨土。


法隆寺五重塔

法隆寺の五重塔です。

金堂も五重塔もその姿は1200年前の建築当時と殆どかわらない姿を見せてくれています。長年月の間に何度かの修理をうけて、元禄時代の修理では多少変わったところもあったようだが、昭和の修理では当初の姿に復元されました。美しい姿です。





法隆寺廻廊エンタシス




廻廊をめぐりながら何度もこの塔と金堂の姿を眺めていたのでした。
人のいない法隆寺の境内なんて、今では考えられないのですが、その頃はこんな写真が写せたのです。
塔の南北の扉も開けてありましたし、ゆっくり見ることも出来ました。
法隆寺五重塔構造
法隆寺五重塔釋迦涅槃塑像


五重塔の断面図(左)。
塔の内部にはお釋迦さまにちなんだ話が塑像で作られています。右は北面の釋迦涅槃の光景。おおぜいの人が釋迦の死を嘆き悲しんでいます。
東面は維摩と文殊が問答をしていて、それに聞き入る聴衆たちの場面。南面は彌勒菩薩の淨土。西面は釋迦の舎利(遺骨)を分配している場面が作られています。
これらは和銅四年(711)に作られたのがほぼそのまま残っているようです。

今こうして昔写した写真を見ながらブログを書いていると、その時の感動がワタクシの心の中に蘇ってくるようで、時間の経つのも忘れてしまいそうです。
その頃は、写真の現像は勤め先のワタクシの部屋のすぐ近くに暗室があってそこで全部自分で写真の処理をしていたので、あまり上手な仕上げではないのだが、それでも人の写っていない法隆寺の写真が手元に残っているのはウレシイ。
法隆寺伽藍配置昔
建築当時の西院伽藍の配置は右の図のように金堂と五重塔が廻廊に囲まれていて、大講堂は廻廊の外になっていたのだが、延長三年(925)に大講堂が焼けて、
法隆寺伽藍配置現在
正暦元年(990)に再建されたとき左の図のように大講堂は元の所に建てて、廻廊を「凸」形に曲げてその角にあたるところに經藏と鐘樓を建てて現在のような形になった。

始めてここへ来た時は全く不勉強で、というより、ただただ感嘆の声を上げていたばかりでしたが、その後だいぶ経ってから岩波書店から『奈良六大寺大観』。そのあとで『奈良の寺』(全21巻本)が発売されて、飛びつくように買ってしまった。安月給でウン万円の出費は非常に痛かったのだが、おかげで今は安心してこんなものを書いていることが出来る。法隆寺經藏


右が大講堂から見て南西にある經藏。反対側には鐘樓があってほぼ同じような形で建っていますから左右対称のように見えます。


法隆寺大講堂外観

大講堂です。
講堂は佛法を講義・勉強する場所ですからたくさんの僧侶が集まるので堂内は広々と作られています。
右が大講堂内部の諸佛。



法隆寺大講堂諸佛

真ん中にいるのが藥師如來で、日光・月光の兩脇侍が左右に配されています。

この三尊を守護するように四隅に四天王が邪鬼を踏みつけて立ちます。
四天王は、(東)持国天、(南)増長天、(西)廣目天、(北)多聞天の順に配置されています。多聞天だけを単独で祀る時は毘沙門天という呼び名に変わることもあるようです。

時間をかけて西院伽藍を見てまいりました。廻廊から外へ出ましょう。
法隆寺中門エンタシス

法隆寺中門内側


これは中門の内側。別れを惜しんで出ました。

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