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2018.05.31 (Thu)

泉光院の足跡 309 奈良へ

阿倍文殊から八木村國分寺と詣納經をした泉光院は、

…夫より三輪明神へ詣納經す。當社は和州一の宮也。印しの杉古へのは枯れて今新木也。拝殿西向、御殿は花表に扉計り一山御神體也。夫より大峯先達中の坊と云ふに見舞す。晝過ぎ金屋へ歸り休息す。又近所に地藏堂あり呼ばれ行く、種々馳走あり。
三輪山遠望山の辺の道景行天皇陵
次に三輪明神へ行って詣納経しました。
右は三輪山遠望です。山の辺の道景行天皇陵付近の道から見た三輪山です。
ここは大和國一の宮。現在は立派な拝殿が出来ていますが、三輪山(476m)が御神体なので、本殿はなくて山の下に「三輪鳥居」いう変わった形の鳥居があります。
三輪鳥居基本形

…拝殿西向、御殿は花表(鳥居のことです)に扉計り、一山御神體也。…
です。泉光院の書いている通り、鳥居に扉が付いています。
大神神社門前の賑わい3
ワタクシがここへ来た日は丁度祭礼の日で、門前はご覧のように賑わっていました。
大神神社門前の賑わい2

屋台のお店がたくさん出ています。
ちょっと懐かしいお祭風景です。子供の頃、「飴買い錢」というのを幾らか(一日五錢から十錢ほど)貰ってこんなお店屋さんで、何を買おうか悩んだことを思い出します。(飴は一銭で買えました)
大神神社二の鳥居

右は二の鳥居。
大神(おおみわ)神社です。

大神神社拝殿

左、拝殿。




三輪鳥居

こちらは三輪鳥居です。



ここから先、泉光院は今の奈良市内へ向かいます。奈良では泉光院の行かなかったお寺も含めて見ていきたいと思います。

十一日 晴天。金屋立、辰の上刻。三輪町荒物屋萬藏と云ふ知音あり、見舞に立ち寄る、餞別として葛一袋贈らる。…

泉光院は三輪山の麓、金屋村を朝出立して、その日のうちに在原寺、今は不退寺といっている奈良市内北の方のお寺、そこから少し南の方の帯解寺へ行き、少し戻って猿沢の池から興福寺。東大寺、とお詣りをして木津の方まで行きます。こんなに急がないでゆっくり見ていきましょう。

大神神社からいまの山の辺の道を北上します。
箸墓古墳全景NET
少し行くと右手の方に箸墓古墳(左の写真)が見える。
3世紀頃に築造された前方後円墳で、右が前方の部分で左が後円にあたる。
お墓の主は、七代孝霊天皇の皇女、倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)とされているのだが、邪馬台国の女王卑弥呼という説もあるらしい。
ワタクシはここは遠くから写真を撮るだけでした。

順序だと景行天皇陵でその北に崇神天皇陵、となるのだが、左は崇神天皇陵。

崇神天皇陵
両方とも巨大前方後円墳で周壕も大きく美しい。


黒塚古墳遠景

その右には黒塚古墳。ここから三角縁神獣鏡が33枚も出土して、これも卑弥呼が魏から贈られた鏡ではないか、などと言われたこともあったのだがヤマト政権の有力人物の墓であろうということに落ち着いているようだ。
いずれも泉光院は興味がないらしく奈良へ急ぎました。
十一日の続きです。

…夫より在原寺井筒の古跡今に井あり。一と本薄(ひともとすすき)あり、納經す。帶解地藏へ詣で納經す、當町中は懐妊しても岩田帯なし、又妊娠の女此所にて帶を申し受くるに、男子なれば黒の印し、女子なれば朱印の守り出る事妙也、御籤(くじ)の如きもの也。…

東大寺西門である轉害(てがい)門から西に向かってずっと真っ直ぐに行くのが佐保路で、興福院(こんぶいん)、不退寺、海龍王寺、法華寺、平城宮跡、西大寺、それから秋篠寺へと続きます。
不退寺

左が不退寺本堂。
このお寺は『伊勢物語』の主人公とされている在原業平が、自作の聖觀音像を安置し、創建したと伝えられるお寺なので、「在原寺」とも言います。
このお寺は花の名所。四季折々、300種とも500種ともいわれるほどの花が咲きみだれるのだそうです。ワタクシが奈良を歩くときは冬枯れとか真夏とかが多かったので、…花咲き乱れる奈良…という印象はあまりないのでした。
次に泉光院は帯解地蔵へ詣納經し、それから興福寺・春日大社・東大寺…と歩いていて、その日のうちに木津まで行っています。日記は後でまとめて書くこともあるでしょうから必ずしも歩いた順序通りには書かなかったのかも知れない。
帯解寺

右は帯解寺の本堂。
本尊は地藏菩薩半跏像なので帯解地蔵とも言います。
由来は文徳天皇の妃染殿(藤原明子)が春日明神のお告げによってこの地蔵に祈ったところ、間もなく懐妊し、無事に子供(のちの清和天皇)を産んだので、喜んだ天皇は天安二年(858)に伽藍を建てた。その後治承四年(1180)に平重衡の南都焼き討ちで焼失し、再興したけれども今度は永禄十年(1567)松永久秀に焼かれた。
江戸時代に入って、二代将軍秀忠の子供(のちの家光)もここでの祈願の甲斐あってか無事誕生した。
今でも、子供の誕生と無事の成長を祈る善男善女の参拝が絶えません。皇族の方もみなさん参拝なさるようです。

泉光院も奈良の都を歩いているようですから、ワタクシもゆっくり奈良見物をいたしましょう。
奈良はワタクシの大好きな場所。たまには泉光院の悪口などを言いながらのんびり歩きたいものです。泉光院は修行のためなのかも知れないが、あまりに慌ただしく歩く。お寺へお詣りしても「納經」をするだけで(もっとも彼にとってはそれが一番重要な意味を持つのではあろうが)佛像の顔かたち、甍の波や柱列のたたずまいをゆっくり見てはいないようだ。ワタクシは初めて奈良へ来たときのことを回想しながらゆっくり歩きたいものです。
昔は新幹線などという速い乗物はなかったのだが、替わりに「夜行列車」というものがあった。
金澤を夜中に発つと京都の駅にはまだ朝早くに着いて、奈良電に乗り換えると、霧に包まれた宇治の茶畑の中をゆっくり電車が走る。
JR奈良駅

左は改築されたJR奈良駅だが、それでも少しは古都にふさわしい様子。三条通を上がればやがて猿澤池。

猿澤池柳


池の周りに昔は柳の古木がもっとたくさんあったようだが、最近は若木に置き換えられているようだ。右が一番年老いた柳のように思われる。
ワタクシもこの柳のように年老いた。
池の向こうに見えるのは興福寺の五重塔。いつ見ても懐かしい風景。
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*Comment

歴史探偵の気分になれるウェブ小説を知ってますか。 グーグルやスマホで「北円堂の秘密」とネット検索するとヒットし、小一時間で読めます。北円堂は古都奈良・興福寺の八角円堂です。 その1からラストまで無料です。夢殿と同じ八角形の北円堂を知らない人が多いですね。順に読めば歴史の扉が開き感動に包まれます。重複、 既読ならご免なさい。お仕事のリフレッシュや脳トレにも最適です。物語が観光地に絡むと興味が倍増します。平城京遷都を主導した聖武天皇の外祖父が登場します。古代の政治家の小説です。気が向いたらお読み下さいませ。(奈良のはじまりの歴史は面白いです。日本史の要ですね。)

読み通すには一頑張りが必要かも。
読めば日本史の盲点に気付くでしょう。
ネット小説も面白いです。
omachi |  2018.06.01(金) 20:38 |  URL |  [コメント:編集]

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