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2018.06.12 (Tue)

泉光院の足跡 311 興福寺・南圓堂

泉光院は帯解地藏でお詣りをしてから、

‥夫より奈良南圓堂へ詣づ、西國巡禮札所也、納經す。興福寺の内也、六角堂南向、夫より伽藍廻りす、‥
興福寺南圓堂
右、南圓堂です。

南圓堂の本尊は不空羂索観音。
興福寺南圓堂不空羂索観音
(左の写真です)





南圓堂は西國三十三觀音札所の第九番。ここでは観光客とは全く違った人に出会います。ここで納經をして、納經印を書いて貰ったり、御札を買い求める人で混雑しているのです。興福寺の諸堂の中では庶民の信仰が根付いているお堂だと思いました。
他のお堂は『観光用堂塔』のように思えました。

興福寺三重塔

南圓堂から南に少し下がった所に三重塔があります。
まったく目立たない所にあるのでワタクシも最初のうちはこんな所に塔があるなんて知らなかった。しかもめったに開扉することもないので、宣伝でもしてくれないとここに行くチャンスはなかなかないのです。
2006年にここへ行った時は、北圓堂・仮金堂・そしてこの三重塔の三堂共通入場券が\1200だったので、そのキップを買って初めてここへ入りました。なかなか均整のとれた美しい塔です。
普段はこの塔へ人は入れることはないので、例えば下駄箱だって小さなのがあるだけだからどうしても行列になってしまうのです。


興福寺三重塔内部辨財天興福寺三重塔辨財天坐像


ここには珍しいスタイルの辨財天さまがいらっしゃいました。
左はコッソリワタクシが写した写真。
これではよく判らないのでガイドブックの中から右の写真を戴きました。8本の腕にはそれぞれ武器を持っていて、穏やかな顔つきには似合わない戦闘的な佛様でした。

今までにこのブログに載せてきたインドのサラスヴァティーや、江ノ島の裸辨天とは全く違った弁天サマの一面を垣間見る思いでした。

興福寺のお終いはやはり國寶館です。何度も入った場所ではありますが、何度見ても飽きない佛像があるので入ります。
龍燈鬼興福寺
龍燈鬼と天燈鬼です。もとは西金堂にありました。
佛前に燈を捧げている一対の「鬼」です。
龍燈鬼頭部興福寺
龍燈鬼は団子鼻を上に向け、上目遣いに燈籠と見上げて「何と邪魔っ気な!」というような顔をしています。


天燈鬼興福寺
天燈鬼の方は「この燈籠が目に入らぬか!」と葵御紋の印籠を掲げる格サンのような気分です。
天燈鬼部分興福寺


一対の物でありながら、スタイルも表情もこんなに違ったものを作り上げる佛師のアイデアは大したものです。80cmほどの小さな物だから、怖ろしげな鬼、という印象はまったくありません。見れば見るほど カワイイ! のです、健保三年(1215)、運慶の三男、康辨の作だそうです。

十三世紀、日本では鎌倉時代、中世真っただ中。この頃、ヨーロッパはどんな時代だったでしょうか。ワタクシの最近はほとんど泉光院の生きていた時代にどっぷり浸かっているので、ヨーロッパの中世について書くなんて大それたことは、と思いながらもやはり先進文化国がどのような物を作っていたか興味があります。
ノートルダム寺院
この頃のヨーロッパは、イスラム世界から聖地イェルサレムを奪還しようとする十字軍がトルコあたりへ出かけていると同時に、神聖ローマ帝国・イギリス・フランス間でもお互いに戦争をしていて、藝術などという暇な仕事にはミナサンあまり興味がなかったようです。日本のカワイイ鬼の彫刻が作られたこの時代、ヨーロッパではどんな怪物が造られていたでしょうか。

パリでは1163年からセーヌ川の中州、シテというところでノートルダム寺院の建設が始まり、14世紀半ばにはほぼ今のように出来上がったらしいですが、この寺院もたくさんの彫刻で飾られております。
ノートルダム寺院怪獣ガーゴイル
だが左、何とも不気味な怪獣がこの壮麗な寺院の双塔の上にあるのです。
ガーゴイルという名前です。
こういうものを造った彫刻家は、日本の佛師たちのようなユーモアのセンスに欠けているようですね。
ヨーロッパの悪魔は、日本の鬼と比べると悪逆非道、救いがありません。
日本の鬼はどこか可愛げがあって憎めない存在です。
ヨーロッパではやはり芸術が花開くのはルネサンス以降のことであって、15世紀まで待たないといいものは現れません。(注。古代ギリシャ・ローマは別扱いです。あれはヨーロッパとは違って特別に素晴らしい。ルネサンスでギリシャ・ローマに帰れ!と言うのはむべなるかな、です)
建築や、美術・彫刻、音楽・舞踊、文学、といった芸術全般について日本とヨーロッパの比較をする野は面白いことではありますが、泉光院とはあまり関係がないのでいったん中止します。

國寶館で多くの人が褒め称えるのは八部衆のうちでも「阿修羅」。
でも素晴らしいのは阿修羅だけではありません。
八部衆というのは古代インドでは邪神であったのだが、お釋迦さまに帰依して、佛教に取り入れられてからは佛法を守護する護法神としての役目を果たすようになりました。いくつかを載せておきます。
興福寺阿修羅像興福寺阿修羅像頭部

左、阿修羅(あしゅら)の全身像と頭部。

3面6臂という異形の像にもかかわらず不自然さは感じられませんね。それよりもちょっと愁いを含んだ少年のような顔と、細くしなやかな少女のような姿態が見る者を惹きつけます。


五分淨頭部興福寺
右は五分淨(ごぶじょう)。頭にかぶっているのは豚かイノシシのようにも見えるのだが象の冠。緊張した面持ちで真っ直ぐ前を見つめる少年。



八部衆沙羯羅頭部興福寺
左、沙羯羅(さから)。
龍神で、雨乞いの神様でもある。不安そうな顔つきで空を見上げている様子はまだあどけない子供のようだ。頭のてっぺんには蛇の頭があって、そこから頭の周りを一廻りして胸の所で蛇の胴体がとぐろを巻いている。


八部衆迦樓羅頭部興福寺
左は迦樓羅(かるら)。
大きな嘴と鋭い目つきが印象的。龍を常食とする巨鳥だそうです。
参考のために右に全身像を入れておいたのは京都三十三間堂(妙法院蓮華王院)の迦樓羅像。肩には翼が付いているから鳥だということがよくわかる。蓮華王院迦樓羅

こんなとんがった嘴で笛を吹くのはさぞ困難だろうと思うのだが、超自然の世界のことです。人間の常識では計り知ることはできません。


八部衆にはほかに、緊那羅(きんなら)・畢婆迦羅(ひばから)・鳩槃荼(くばんだ)・乾闥婆(けんだつば)といった諸尊がいらっしゃいまして、佛法を守護し、お釈迦様を守っております。
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