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2018.06.25 (Mon)

白毫寺

元の所、春日奥山へ入る手前の、志賀直哉旧居からちょっと進んだ所に、「右 新薬師寺」の道標があってその通り行くと新薬師寺の築地塀が見えてきます。新薬師寺築地塀
右はワタクシが二度目に奈良へ来たときの写真。60年程前。
こんなにすごい作り方の塀は初めて見ました。とても丈夫で何百年の星霜にも耐える作り方です・

新薬師寺東門


写した方向は違うけれども、ほぼ同じ「東門」。門は門らしく立派な姿になり、標柱も建ち、塀も綺麗に作り直されてしまった。

この門から入らないで、ちゃんと南大門から入りましょう。

新薬師寺南大門昔
新薬師寺南大門新

昔はチケット売り場が左の写真、門の中へ入ってから左手のチケット売り場で買って入ったのでしたが、近頃は右の写真のように、門の右手に「売店」が出来てしまった。

會津八一がここへ来たときの歌に
   たびびと の め に いたき まで みどり なる
   ついぢ の ひま の なばたけ の いろ
というのがあって、自注によると「築地のひま」というのは築地塀の崩れた隙間、という意味だそうですから、境内へ入って外の方を見ると、塀の崩れた隙間から畑二植えてある菠薐草などが見えているよ、というつもりだったのかも知れないが、ワタクシがここへ始めてきたのは3月頃だったので、たまたま連翹(レンギョウ=黄色い花)が咲いていたのを見たので、ワタクシの連想では菠薐草ではなくて菜の花畑を思い浮かべていたようだ。
新薬師寺本堂
新薬師寺の本堂です。
中へ入ってみましょう。円形の須弥壇の中心に藥師如來、その周りを十二神将がとりまいています。

十二神将像新薬師寺
十二神将は聖域を佛敵から守るためにミナサン憤怒の形相すさまじく、ある者は武器を執り、ある者は拳を振り上げて敢然と惡鬼と闘います。
この力強い姿に人々は藥師淨土に対する安心・信頼と、藥師如來による現世利益を感ずるのでした。


新薬師寺伐折羅大将頭部新薬師寺藥師如來と伐刹羅大将

左は伐折羅(ばさら)大将頭部。
怒髪天を突く、という表現がそのまま当てはまります。十二神将の内の傑作とされています。

右が本尊藥師如來と伐刹羅大将。


新薬師寺香藥師
この本堂の左側に小さなお堂があって、そこに昔、香藥師という小さな像があったのです。奈良時代前期と思われる作だったのですが、昭和18年(1943)、3回目の盗難に遭って、それからは遂に見ることが出来なくなったのでした。
さいわいにもワタクシの手元にその写真があったので左に載せておきます。
會津八一は、

     香藥師を拝して
  みほとけ の うつらまなこ に いにしへ の
  やまとくにばら かすみて ある らし

という歌を残しています。
新薬師寺の森
右は新薬師寺を包む森。
このあたりは今は住宅なども少し建っているようですが、そんなに大きくは変わっていないようです。
ここから白毫寺の方へ行ってみましょう。

狭くてわかりにくい道を高圓(たかまど)山の方へ登って行くと、昔は人の行かないそのお寺は荒れ果てていて、住職も町へ仕事に出ているような状態だった。
白毫寺山門への道昔

左はワタクシが初めてこのお寺へ行ったときの参道石段だが、今は「萩の寺」として右のようにずいぶん綺麗に整備されていました。白毫寺萩の石段

万葉集に
 高圓の野邊の秋萩いたづらに
  咲きか散るらむ見る人なしに

というのがあるので、萩の寺として売り出したのでしょう。最近はようやく観光客も行くお寺となったようです。

ワタクシが初めてここへ行ったとき、ちょうど仕事から帰ったばかりの住職みずから本堂の鍵を開けてくれた。
本堂には本尊である阿彌陀三尊のほかに泰山王、閻魔王などといった、ワタクシが死んで三途の川を渡ったときに対面するであろう地獄の王たちがいかめしい顔つきで並んでいました。
お釋迦さまが2500年程前に死ぬとき、彼は輪廻という考えから完全に脱却して、自分はもうどこにも生まれ代わらないことを確信して安らかに死んだ。寿命のある限り穏やかに生きて、死んだら完全に消滅することが救いである、と説いた。それなのにその釋迦の教えを引き継いだ弟子の中には、相変わらず人間は六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)のどこかで生死を繰り返す(輪廻転生)と説く者がいて、そういう考えの中から地獄・極楽という世界が生まれ、人は死んだら生前の行いについて冥界の十人の王たちの審判を受けて、行くべき世界が定まる、などと荒唐無稽な話になったのです。
白毫寺閻魔大王坐像
白毫寺泰山王像

右は五七日(=35日目)担当の閻魔王。
左が七七日(=49日目)担当の泰山王。


ついでですから十王のお名前と本地佛を書いておきます。
 十王      本地       担当
秦廣王     不動明王    初七日    
初江王     釈迦如来    二七日
宋帝王     文殊菩薩    三七日
五官王     普賢菩薩    四七日
閻魔王     地藏菩薩    五七日
変成王     彌勒菩薩    六七日
泰山王     藥師如來    七七日
平等王     観音菩薩    百ヶ日
都市王     勢至菩薩    一周忌
五道転輪王  阿彌陀如來  三回忌

こんな事は日本だけのことで、それも鎌倉時代になってから考え出されたことのようです。
地獄の十王たちに悪い判定をされないように、生前の内に阿彌陀様にお願いをして極楽にお導き下さるようにとお祈りをするのが「南無阿彌陀佛、ナマンダーブ~」というわけです。
白毫寺本尊阿彌陀如來坐像
その頃の白毫寺は滅多に人の行かないお寺だったから、たまたま訪れたワタクシに住職はこのお寺の佛像の写真をたくさん呉れた。白毫寺脇侍観音菩薩正面
白毫寺脇侍観音側面

右に入れたのは本尊の阿彌陀如來坐像と脇侍の觀音菩薩。
観音様は本尊に比べてうんと小さいのだがとてもカワイイので好きです。


二度目にこのお寺へ行ったときにはずっと奥の方に「宝物館」が出来ていて、昔は本尊の左手の壁際にズラッと並んでいた地獄の王たちはみんなその宝物館の白い壁の中にズラッと並んでいました。


白毫寺本堂白毫寺石佛群


白毫寺本堂と本堂脇にある石佛群の一部、
白毫寺五色椿
また「五色椿」(左)というのがあって、一本の木にいろんな椿の花(といっても赤と白と、それらがいろんな具合にまだらになったものらしいのだが)が作というのもこのお寺では有名なようです。
ワタクシは椿の花の季節には行かなかったので、借りた写真だけを載せておきます。向こうに見える屋根は本堂の屋根です。
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