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2018.06.29 (Fri)

泉光院の足跡 315東大寺三月堂の諸佛

泉光院は興福寺南圓堂、西國三十三觀音札所第九番、へ詣納経してから、
…夫より伽藍廻りして春日明神へ詣納經す。二月堂、三月堂、大佛と詣で皆納經す。二月堂には若狭の井とて常にはから井あり。二月何日大衆行ほあり、其時暫く湧出る、其水香水也。火伏せの符も此水にて判押す。此水源若狭を通る節行きて見たり、若狭の所に悉し、諸人知る所故に略す。般若坂を越へ木津驛へ宿す。此處は定宿にあらず。

ワタクシは春日大社にはあまり馴染みがなかったのでつい余分に新薬師寺から白毫寺まで行ってしまったのでした。元へ戻って泉光院の足跡を辿ります。
奈良市内地図白毫寺興福寺

こちらの地図、一番右下隅に見えるお寺マークが白毫寺。そこから濃い緑色の春日山の裾を廻ると中程に春日大社、ずっと右上に三月堂・二月堂で、一番上の中ほどが東大寺大佛殿。

日記に書いている通り、にがつどう、さんがつどう。大佛殿の順で廻りましょう。


東大寺二月堂三月堂

手前に見えるのが三月堂で向こうが二月堂。



東大寺三月堂前面

東大寺三月堂。

毎年旧暦三月に法華経を講ずるので三月堂といい、法華経を講ずる法華會が行われるので法華堂、中に不空羂索観音を安置するので羂索堂、呼び名はいろいろあります。


このお堂の左半分は東大寺が出来る前にここにあった金鐘寺の一堂として、8世紀半ばにはすでに建てられていたという東大寺最古の建物で、右半分を鎌倉時代にくっつけて、いま見るような姿になりました。
東大寺三月堂内部
三月堂の入口は薄暗い。
何者のおわしますかは知らねども…とおそるおそる入るのです。


これは、写真だから明るいけれどももっと暗いのです。


そして大きいのや小さいの、、怖い顔をしたのや優しい顔の、いろんな佛像が目に入ります。


正面にいらっしゃるのは不空羂索観音。
東大寺三月堂不空羂索観音

頭に寶冠をいただいた三目八臂の巨像(高さ3.62m)で、真ん中の両手は合掌し、次の両手は錫杖と開敷蓮華、その次の手は左手に羂索というのを持っている。それ以外の手は持ち物が失われてしまったのか何も持っていない。羂索の羂は獸を捕まえる網、索は魚を釣る糸のことで、觀音菩薩が慈悲の網や糸で余すところなく人々を救済する、というのがこの佛さまの由来です。東大寺不空羂索観音天蓋

この觀音さまは頭上に右のような美しい天蓋をのせています。



こういう多臂の人体は現実にはあり得ないのだが、この佛の前に立つといいバランスで造られているので不自然さを感じさせません。

堂内は位ので細部は見ることが出来ないのです。中には懐中電灯を持ってきている人もいるのですが、そんな姑息なことをしても無駄なことです。
この像の前に立ったとき、自然に手を合わせて仰ぎ見る、というのがいいのではないでしょうか。

平成7年に奈良国立博物館開館100周年記念展というのが開かれました。
飛鳥・奈良・天平・鎌倉、の各時代の名品揃いの企画で、さすが奈良博の企画だけのことはある、と思って見に行きました。
東大寺不空羂索観音寶冠正面
展示品の中にはこの不空羂索観音の頭上に輝く寶冠も展示されていたのです。

像の前に立っても、懐中電灯で照らしてみても、暗いし遠いし、とても見ることは出来ませんので、少し大きめに載せておきましょう。

冠の本体は銀で造られていて、正面には觀音菩薩の本地佛である阿彌陀如來が置かれて、そこから八方に銀線の光芒が伸びています。
大小の色ガラスや翡翠の勾玉、琥珀、水晶、真珠、瑪瑙などさまざまな宝石で飾られています。
奈良時代の工芸品として最高の出来、実に見事なものです。
この寶冠はこのような特別の展示の機会でもない限り間近に見ることは出来ないものでしょう。

東大寺三月堂諸佛配置
この堂内には不空羂索観音を中心に、その左右には日光・月光の菩薩、その外側にはこれも4mを超す巨大な梵天・帝釈天が立ち、それらを囲んで須彌壇の四隅には四天王(持國天・増長天・廣目天・多聞天)、一番外側の両脇に金剛力士(阿形・吽形の仁王サン)後の方の左右に置かれた厨子の中には辨財天・吉祥天、さらにはお堂背面の厨子の中には秘佛である執金剛神、小さい像ですが不動明王や地藏菩薩、善財童子などの佛たちもいらっしゃいます。

このお堂は、奈良のお寺としては珍しく戦乱に荒らされることもなく、火災に遭うこともなく、建物から佛像にいたるまで、天平時代の佛像がそのまま眼前に現れるので、東大寺の中でも特別な馬主尾のように思います。右はに堂内諸佛の配置。

全部とまではいきませんがそれらの像を少しばかり載せておきます。
東大寺月光菩薩立像東大寺日光菩薩立像

本尊の両脇に立つ日光・月光菩薩。合掌する姿はとても美しく、天平時代の塑像を代表する見事な像です。

.
東大寺月光菩薩頭部東大寺日光菩薩頭部

左、月光菩薩とその上半身。右、日光菩薩とその上半身。


東大寺三月堂多聞天頭部東大寺三月堂廣目天頭部

左、多聞天頭部
      右、廣目天頭部

知的で強固な意志を持った男の顔です。天平時代の男はこんなにもいい顔をしていたのだろうか。近頃のテレビに映る男の顔はどうでしょう。こんなにいい顔を見たことがありますか?

四天王は脚の下に邪鬼を踏みつけています。心の中に住む{惡」を踏みつけているのでしょうか。

東大寺三月堂持國天邪鬼
左は持國天の脚下で苦悶の表情をしている邪鬼。
誰でも心の中に少しばかりは邪悪な物を持っています。それをこのように自分で踏みつけることで「まっとうな人間」で居ることができるのだと思います。
近頃のテレビの中に出てくる多くの「エライ男たち」は邪鬼を踏みつけるどころか、心の中に邪鬼をのさばらせているとしか思えない人が多いですねぇ。

東大寺三月堂辨財天立像
左、辨財天立像。
日光菩薩のかげに隠れてよく見えない佛像ですが、こうして写真で見ると天平時代の美女の像でしょうか。穏やかな表情です。学問・藝術、それに蓄財の守護神として広く親しまれています。
インドでは聖なる河サラスヴァティーが神格化された女神で、いままでにも何度もサラスヴァティーの絵は載せておきましたが、日本に来てからも江ノ島や琵琶湖竹生島など水辺に祀られていることが多いし、お寺や神社の池の中の小島に小さな祠がある場合にはその中に必ず弁天サマを祀ってあります。
この像も八臂なのに全然不自然には見えませんね。
東大寺三月堂吉祥天半身像

右は吉祥天。
これは辨財天の反対側、月光菩薩のかげに隠れて見えにくい佛像です。ふくよかで、気高く優しい表情をしている女神です。
天平時代には、先の辨財天といいこの吉祥天といい、このような美女がいたのでしょう。
インドではマハーシュリー、大いなる幸運、という名前の女神で、興福や美を約束してくれます。
ヒンドゥー教ではラクシュミという名前で、最高神ヴィシュヌの妃とされています。
日本へ来てからは美女の代名詞とされる程に美しい像や絵に作られました。
浄瑠璃寺の像や興福寺の画像は、春秋の頃に日を限って御開帳になります。

三月堂の見事な佛像を幾つか載せておきました。ワタクシは奈良へ行くときはできるだけこの三月堂に行く時間をとるようにしてこれらの佛像にお目にかかるようにしています。
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