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2018.07.03 (Tue)

泉光院の足跡 316 お水取り

三月堂のお隣に二月堂があります。ここは[お水取り]の行事でよく知られています。
東大寺二月堂
旧暦二月一日から十四日、いまは新暦で3月1日から14日(準備期間、前行、本行を合わせると約3ヶ月)、ここの本尊十一面觀音菩薩にお香水をお供えする行事です。

天平勝宝四年(752)、大佛開眼の時に始まったというこの行事は、東大寺開山の良弁僧正の高弟実忠が、日常の過ちを懺悔した「十一面悔過(けか)」に由来するといわれます。その時、日本中の神様13,700余人の名簿を読み上げて参集を呼びかけたのだが、ただ一人、若狭國遠敷(おにゅう)郡に住む遠敷明神というのが魚釣りに夢中になっていて遅刻してしまった。それでお詫びに觀音さまにお供えするお香水をお届けする、と約束したら、この二月堂の右側にある閼伽井(あかい)屋の付近から黒白の鵜が飛び出し、その穴から水があふれ出した。
この伝承があるのでその井戸を若狭井といい、この水を汲む行事が「お水取り」。小濱鵜の瀬鳥居
福井県の遠敷川の上流、今は「鵜の瀬」といっている場所(右の写真)で、3月2日(そこから東大寺まで水が届くのに10日かかるので)にお水送りの行事が行われるのです。

横山サンと若狭の古寺を歩きまわっていたとき、ここもついでに行ってきたのでした。
お水送りの時以外は誰も居ない淋しい場所です。
小濱鵜の瀬お水送り
左は「お水送り」の様子。
若狭國一の宮である若狭彦神社と若狭姫神社の場所からさらに上流に神宮寺というのがあって、3月2日午後5時半、本殿の前で大護摩が焚かれ、その火からいただいた松明を手に鵜の瀬まで山伏姿の行列が続きます。そこで東大寺への送水文が読み上げられ、お香水をゆっくりと淵へ注ぎます。このお香水が淵の底の穴を通って東大寺まで行くのだそうです。
お水送りのことは、さきに【泉光院の足跡 070 若狭路】のところで詳しく書いておいたのでそちらを参照してみてください。

お水取りの方です。東大寺お水取り松明
選ばれた11人の練行衆は本尊十一面觀音の前で、世の罪を一身に背負って苦行を実行し、国家安康・五穀豊穣・万民快楽を祈願します。
今は松明を振りかざすことばかりが有名になってしまったが、これはお水取りをするときに足下を照らす為に必要だったものでした。
お松明は3月1日から11日までと13日は10本で時間も短く、12日は特に大きな松明が11本になります。
東大寺だったん
この期間、早朝から深夜までいろんな行事がぎっしりと組み込まれていますが、本番の12日の行事では、初夜、7時頃に(左の写真)大松明が点火され、狭い堂内を走り回ります。
それが済むと堂内では後夜、9時頃には神名帳と東大寺ゆかりの人の過去帳が読み上げられ、東大寺二月堂五体投地
五体投地(右の写真)といった激しい行が行われます。
走りの行法のあと、お香水を取りに行くのですが、不思議なことに普段は水が涸れているこの井戸に、この時ばかりは水が湧いているのだそうです。若狭、鵜の瀬から送られたお香水がこの井戸に着いたのでしょうか。汲み上げられたお香水は秘佛十一面觀音にお供えされます。

そのあと、時刻はもう翌日の午前1時頃になっているのだが、後夜の行法、達陀(だったん)と呼ばれる行法になります。この時のお経は、觀音を讃えるお経をいろいろ編集したもので、声明(しょうみょう=佛教音楽)の形で行われるようです。ずっと昔、たしかColombiaからLPレコード2枚組でこの様子を録音したのが発売され、横山サンが買って持っていたのを聞いたのでした。横山サンは死んでしまったのでそのレコードの所在は判らないのだがもう一度聞いてみたいものです。
三帰依文
音楽はまず「三帰依文」、私は佛・法・僧の三つに帰依します。というので始まります。
左の楽譜は現在の佛教儀式では宗派を問わず世界中の佛教徒の間で歌われている三帰依文 Ti Sarana の楽譜。
お釋迦様のいた時代の言葉、パーリ語で歌います。


Budaham saranam gacchami   ブーダーン サラナーン ガッチャーミー 
Dhammam saranam gacchami  ダーマーン サラナーン ガッチャーミー
Sangaham saranam gacchami  サンガーン サラナーン ガッチャーミー

(この楽譜は三帰依文として現在広く歌われているものを参考として載せたので、達陀の時の旋律とは違います。)
中間部へ行きますと、インドへ求法の旅をした玄奘三蔵法師が翻訳したという「十一面神呪心経」の抜粋が詠われます。これは觀音の姿を称え、生きとし生けるもののために觀音に慈悲をお願いする音楽で、続いて「南無観自在菩薩」、この觀音さまのフルネームが繰り返されるのです。
次第に感情が高まってくるにつれて「南無観自在」と省略され、ついには「ナムカン・ナムカン・ナムカン・…・…・…・… なァむゥか~~ン
とクライマックスを迎えます。
最後の回向文では練行衆の苦行の結果もたらされたものを、佛法僧の三宝をはじめ、世界中の神や世のすべての人々に振り向け分け与えることが宣言されてこの日の行事が終わるのです。

実はワタクシ、長々とお水取りのことを書いていましたが、まだ一度もお水取りの行事を見に行ったことはありません。横山サンの家でレコードを聴いたことがあるのと、テレビの実況中継を見たのと、あとはいつの間にか蓄積された知識だけなんです。二月堂・三月堂へ行くときはこれと言った行事のない時ばかりなのです。東大寺二月堂から大仏殿屋根
人のいない二月堂の懸崖造りのお堂に上がって大佛殿の屋根(遠くに見える屋根)を眺め、お水取りの僧たちも下りるであろう長い石の階段を下ります。

東大寺二月堂への道

この坂を下りきった處が大佛殿の裏手。大佛池があって、右へ曲がれば正倉院、左へ曲がれば戒壇院。
観光シーズンでもこのあたりは人気がなくていつも静かです。
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